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11世紀、藤原氏による摂関政治が衰えると、地方の政治は乱れ、領地や財産を守るため、武装した地方の豪族たちは、有力な農民たちをしたがえて武士団をつくり、各地で反乱をおこした。 東北一帯で勢力をもっていた安倍氏が、朝廷に税を納めることを拒否したため、前九年の役がおきた。この戦乱で、安倍氏がほろぼび清原氏が東国の支配者となった。その後、清原氏の同族争いをきっかけに後三年の役がおこり、清原氏がほろび、藤原氏が勢力をのばした。この2度の戦乱をしずめた源氏は、関東地方の武士をしたがえて、大きな勢力をもつようになった。 |
| 〔安倍伝説〕 安倍氏は奥州一帯のエミシの長であり胆沢地方がその中心だった。 安倍氏は各地に私民をもっていた。 遠野地方には、「貞任山」「貞任岩」等貞任と名のつく山や岩がある。「安倍伝説」が多く残っているのは、安倍氏の私有地や私民が多かったことを物語っていると思われる。 |
