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4〜5世紀ごろ、近畿地方には豪族たちの連合による大和政権がつくられた。 大和政権は、東北地方を「陸奥の国」と呼んでしばしば兵を送ったが、東北の人々はこれに従おうとせず抵抗した。大和政権は、東北に住む人々を「エミシ(蝦夷)」と呼ぶようになり、それを征服しようとした。 |
〔蝦夷〕 「エミシ」とも「エゾ」ともいう。東北地方に住んでいた日本人を蝦夷と呼んだという考えと、東北地方に住むアイヌ語をつかう狩猟生活をする人々を蝦夷と呼んだという考えなどがあってはっきりしない。 しかしいずれにしろ、大和政権に従おうとしない人々という意味がこめられている。 |
大和政権は、大北の改新の後、律令政治をとりいれ、全国に国郡制をしいた。8世紀になると、大和朝廷は東北地方に律令政治をおしすすめる根拠地として多賀城を築いた。そして、稲作農民などの移民をすすめるとともにエミシには砂金や馬などを税として納めることを命じた。 しかし、エミシたちはこれに従おうとはしなかった。 |
「日本書紀」に記されるエミシ
東夷に日高見の国がある。この国の人は男女とも髪を結いあげ、身にいれずみをし、性格は男らしくたけだけしい…。山に登るときは飛ぶ鳥のようで、草原を走るときは獣のようだ。恩をうけても忘れるが、うらみがあるときには必ずしかえしをする。 |
4〜5世紀ごろ、近畿地方には豪族たちの連合による大和政権がつくられた。 大和政権は、東北地方を「陸奥の国」と呼んでしばしば兵を送ったが、東北の人々はこれに従おうとせず抵抗した。大和政権は、東北に住む人々を「エミシ(蝦夷)」と呼ぶようになり、それを征服しようとした。 |
![]() 大和政権の東北への進出 |
| 〔蝦夷〕 「エミシ」とも「エゾ」ともいう。東北地方に住んでいた日本人を蝦夷と呼んだという考えと、東北地方に住むアイヌ語をつかう狩猟生活をする人々を蝦夷と呼んだという考えなどがあってはっきりしない。 しかしいずれにしろ、大和政権に従おうとしない人々という意味がこめられている。 |
