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遠野地方に古くから伝わる民家として「曲がり家」がある。家屋の特徴はL字形を呈し、突き出し部が必ず厩(うまや)となっている。馬産地ゆえに、馬を大切にする背景から、人馬が一つ屋根の下に暮らす様式として発生したと考えられている。その作りから当時の人々の暮らしを考えることができる。 |
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▼曲がり家の間取り図
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遠野地方の家々では、小正月などの年中行事が大切に行われてきた。また、かつては家族の人数も多く、農業が主な産業だったので、一人一人が大切な労働力だった。
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▼遠野に伝わる年中行事家
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▼「小作立」と呼ばれる小正月の様子
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第二次世界大戦後、日本の社会は大きく変わり、国民生活も豊かになった。特に高度経済成長期には、よりよい収入を求め多くの人が都市に移り住んだ。 遠野市の人口の変化を調べてみると昭和30年代をピークに年々減少を続けている。これは高度経済成長期の影響が一番の原因と考えられる。また、遠野市の人口と世帯数の変化を調べてみると、1世帯あたりの人口が減少し、核家族化が進行してきたこともわかる。同時に若者の流出と出生率の低下などで、高齢者の割合が増え続け、核家族化にともなって老人世帯が増加している傾向がある。 |
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しかし現在は、ふるさと遠野へUターンで戻ってきた人たちや、遠野での生活に魅力を感じてIターンを行い生活している人たちも少なくない。 これからの少子高齢化社会の中で、自分たちがどのような家族生活を営んでいったらよいかしっかり考えていくことが大切である。 |
▼元気な園児たち
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〔遠野市の人口及び世帯の推移〕
(遠野市統計書より)
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〔遠野市の一般世帯人員別世帯数〕
平成7年(単位:世帯)
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平成12年(単位:世帯)
(遠野市統計書より) |
〔Iターンの方のお話〕
わたしは東京で34年間サラリーマン生活を送った後平成8年に遠野に来ました。商社の仕事でヨーロッパ各地を仕事で歩き、それぞれの土地の人々が自分の地域をとても大切にしている事を知り、日本との違いを感じました。そして、これからの自分の生き方を考えました。 |
私たちは家庭生活の中で、様々なことを学び、家族とともに成長している。家庭には「人間形成の場」「経済活動の単位」「いこいと休息の場」「養育・扶養・介護の場」という役割があるが、家族の形態や規模によって異なっている。また、時代の変化とともに家庭のあり方は変化してきている。 女性の社会進出にともない、家事や育児にたずさわる男性が増えている。遠野市でも「遠野未来2010」の中で、市民参加による行政推進の重点として男女共同参画社会の推進を取り上げている。 |
遠野未来デザイン2010 基本計画より
市民参加による行政推進(市民参加・男女共同参画)
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