湊 かなえ
2016年1月16日(土) 湊かなえの「境遇」を読む 粗製乱造ぎみ |
![]() まずこの設定に違和感あり過ぎ。児童養護施設を悪く言うつもりはないが、1人だけならまだしも、同年齢の女性2人が児童養護施設を出て、こんなにも順風満帆な人生を送っていたなんて、理解に苦しむ。苦労に苦労を重ね、けなげに努力しながら、何とか生きて行く苦労話?そんなことは全く書かれていない。36歳の2人は過去を引きずることなく人生を謳歌していたのだ。 「イヤミスの女王」こと、湊かなえの新作である。あの「告白」で人間の悪意をこれでもかというほど描き、読むとイヤな気持ちになるミステリー、「イヤミス」と言われた。毒がこってりと盛られたストーリーを期待したが、「境遇」にはまったく毒がなかった。 陽子の一人息子祐太が誘拐される。「息子を返してほしければ、真実を公表しろ」という脅迫状が届く。真実とは何なのだ。 36年前に起こった「樅の木町殺人事件」。陽子も晴美も36歳である。この36年前でピンときた。加害者にも被害者にも子どもがいた。いやどちらかは事件後に生れた子どもだ。だったら展開は読める。結末も想像がつくと言うもんだ。加害者の娘、被害者の娘が2人とも児童養護施設に預けられたのだ。 「真実を公表しろ」の真実とは、政治家の妻に収まる陽子が施設にいたことなのか。だったら犯人はすぐ分かる。ミステリーでも何でもない。伏線らしきものが前半にいくつか示される。政治家の後援会の会長や妻、娘のこと、会長の友人、政治資金の不正会計のこと、陽子の夫もなにか絡んでくるのかとも思った。 しかし、伏線だと思ったのは伏線でもなんでもなかった。少ない登場人物に悪人はいなかった。誘拐犯も想像どうりだし、子どもを誘拐したこと自体、誘拐でもなんでもなかったとハッピーエンド。まったくつまらないラストだった。こんなのに期待して買ってしまった自分。「告白」の後、何度湊かなえにがっかりしたことか。もうあれ以上の作品は書けないのか、湊かなえ。執筆するペースが早過ぎるのも原因かも。粗製乱造では読者は離れていく。 解説を朝日放送のプロデューサーが書いている。その中で、「境遇」は朝日放送創立60周年を記念するドラマのために湊かなえが書き下ろした小説なのだという。なるほど、だから脚本みたいにト書きがあったり、台詞回しが映像を意識したような書き方だったのか。まあ、2時間ドラマなら面白く映像化できるのだろうが、金を払って本を購入する読者を満足させられるものではなかったということ。 |
2014年6月10日(火) 「高校入試」(湊かなえ・著)を読む |
![]() ネットで検索したら、なるほど、湊かなえは高校での講師の経験があるそうだ。だから作業手順など、外部の人間には絶対分からない内容が分かっていたのだ。 県下のナンバーワン進学校が橘第一高校。通称「一高」。ここに入れば将来はもう安心できる。一高から東京大学に入り、教員採用試験を経て一高に勤務する職員も多い。もちろん一高を落ちる生徒もいる。 橘第一高校に入れない2番手グループが入る高校が第三高校、通称三高。一高に三高。どこかの県と同じだな。 入学試験の前日から入学試験当日、そしてその日の深夜まで、著者お得意の、複数の登場人物による視点から事件を描く。登場人物が多すぎて、キャラクター設定も弱く、いちいち冒頭の相関図を見ながら読まなければならない。 登場人物の記述は数行から数ページまで。せわしなく視点が変わり、語調も変わる。そして随時挿入される掲示板の内容。かなりミステリアスであり、これを書いてるのはいったい誰なんだ。まさか入試担当教師か。 前日、教室の黒板に「入試をぶっつぶす!」と書かれた貼り紙が貼ってあった。生徒が校舎内にいるはずがないから誰か職員のいたずらか。 入試当日。最終科目の英語の時間に、持ち込み禁止だったはずの携帯電話が教室に鳴り響く。さらに、ネットの掲示板には教師しか知り得ない情報が次々と書き込まれる。誰が何の目的で入試を邪魔しようとしているのか?振り回される学校側と、思惑を抱えた受験生たち。 在校生は入ってはならない校舎に侵入し部室にいた女子生徒がいる。彼女は若い体育教師と関係があるようだ。その体育教師は同校の女教師と婚前旅行に出発しようとしている。三角関係のもつれか。 テレビドラマとしてもヒットした原作本である(ドラマは見なかった)。現実にはありえないような展開になるが、面白いことは面白い。ラストの着地点とその方法はドラマと違うようだが、いろいろなエンディングが考えられるストーリーである。 同窓会長とその息子、県会議員とその娘(ケータイを提出せず、そのケータイが鳴った)、一高対三高及び私立高校卒業生職員、生徒と教師の不適切な関係、管理職を目指す教師とあきらめた教師の対立、採点ミスと不合格者など、ラストに繋がるあぶない関係が多すぎる。伏線も多い。すべてがソフトランディングするわけがないよな。 |
2013年2月10日(日) 贖罪(湊かなえ・著)を読む |
![]() ------------- デビュー作「告白」のスタイルで物語は進行する。つまり、4人の少女たちにより、15年後の悲惨な事件が語られるのだ。 まず登場するのが、小学校のプールで10歳のエミリーを強姦殺害する犯人。幼児性愛者、変態野郎1。ラストで分かることだが、エミリーちゃんはお前の本当の娘だった。 「フランス人形」では一番おとなしかった紗英が新婚の夫を殺す。海外勤務の夫はあの町で起こったフランス人形盗難事件の犯人だった。人形愛癖の男にとって新妻の紗英はフランス人形の役割でしかなかったのだ。人形しか愛せない、変態野郎2。事件のショックからか生理が来ないまま大人になり結婚をする紗英がこいつの結婚の条件だった? 「PTA臨時総会」で語られる軍服を着た関口。こいつも小学校のプール授業中にナイフを持って押し入る。やっぱり変態野郎3。真紀子と一緒にプール指導に当たっていたスポーツマンタイプの男性教諭。なんと犯人にプールに突き落とされ怖くなりそのまま水中に隠れていた。変態とは言えないが、これで屈強の若き教師のイメージが崩れた。 「くまの姉妹」では晶子の兄が妻の連れ子の若菜ちゃんに性加虐。これで変態野郎4。もうどうしようもない男どもだ。 作者の湊かなえは人間の悪意を書かせたら右に出る者はないのではないかというぐらい、悪意をお得意にする。面白いことには面白いが読後感は悪い。このミス(このミステリーがすごい)ならぬ、イヤミス(このミステリーは嫌だ)と言われているとか。最近の彼女の創作ペースはすごい。次から次へと新作を発表し続ける。イヤミスと言われようが読後感が最悪であろうが、私にとっては読みたい作家の一人である。 |
2011年3月5日(土) 「Nのために」(湊かなえ・著) |
![]() 「告白」のように、ある事件を複数の登場人物が自分の視点で語る。それは何度も繰り返され、小出しに事実が述べられ、徐々に真相が明らかになっていく。10年前すでに解決済みの殺人事件だったが、真犯人は別にいるのか、ラストにどんでん返しがあるのか、そんな期待感を持って読み進む。 湊かなえの本を読むのはこれで4冊目だが、彼女独特の作風と内容の毒々しさに少し慣れてきた。あのデビュー作「告白」の衝撃を期待して読むのだが、残念、あれを超える作品に今のところ出会っていない。この「Nのために」もしかり。 人物関係の描写も不満だ。杉下希美と安藤望の関係だ。同じノゾミであり望も女性だと思っていた。しかし望は男性だった。作者の騙し、つまり叙述ミステリーなら最後まで騙してほしかったが、途中で望は男性だとすぐ分かる。一緒に旅行に行ったり、アパートの部屋に行ったり来たりするが、恋人関係ではない。ただの友人というのは無理があるだろう。 エキセントリックな西崎の描き方もおかしい。虐待のトラウマを持ち、それの影響を感じさせる作品が紹介される。顔はイケメン、登場人物の中でただ一人ある女性に興味を示す。杉下とは何もなかったようだが、普通の感覚では彼の行動が理解できない。 そして何よりもラストのカタルシスがない。何が何やら。いったいNは誰だったのだ。事実を小出しにし、引っ張って引っ張って、結局何も分からずじまい。「夜の観覧車」で感じた不満がこの作品でも感じられた。 |
2011年2月8日(火) 「夜行観覧車」(湊かなえ・著)を読む |
![]() 「坂道を転がり落ちないように、必死でバランスを保ちながら踏ん張っているうちに自分自身が歪んでしまっていたのだ。歪んでいるのにそれに気が付かないから、背中をトンと軽く押されただけで、バランスを崩して転がり落ちてしまう」。「背中をトンと軽く押す」、作者はこれを「スイッチが入る」と表現していた。 高級住宅地ひばりヶ丘に住む2つの家族、遠藤家と高橋家、が交互に描かれる。間に第三者小島さと子が登場する。遠藤家の一人娘、彩香のスイッチが入った時のキレ方がすさまじい。それに聞き耳を立て覗き込むさと子。彩香の母親といいさと子といい、この小島も彩香の父親も、嫌な人間ばかり登場する。気がめいるような展開だがこれが湊かなえの世界なのだ。これが読まずにいられようか。 殺人事件は、しかしながら、遠藤家の向かい、誰もがうらやむ幸せを絵に描いたような高橋家で起こる。父親は医者、長男医学部、長女有名私立高校、次男はハンサムでスポーツも万能という一家だ。被害者は父親で加害者は母親、淳子だという。どこでスイッチが入ったのか。残されたエリート子どもたちはどう生きていくのか。ほくそ笑む向かいの遠藤家の母親。 しかし父親殺害はどうして起こったのだ。動機は?状況的には次男が犯人であるかのようでもある。あるいはラストにどんでん返しの真犯人が現れるのか。小島さと子が怪しい。遠藤彩香の父親も怪しい。外部の者の犯行だとすると淳子はどうして犯人は自分だと言うのだ。 向かいの遠藤家の彩香は相変わらずである。スイッチが入るとわめく、物を投げる壊す、母親を罵倒する。小島さと子も相変わらずである。そうこうしているうち、ついに彩香の母親にもスイッチが入る。ついに娘に手が伸びる。また高級住宅地で殺人事件化。この展開はやりきれない。作者はどこまで人間の悪の部分にばかり目を向けようとするのか。 そして高橋家の残された全員、遠藤家の一家が揃うラスト。ここで名探偵登場、犯人はあなただ!なんてことにはならない、残念ながら。中途半端な終わり方に少々拍子抜け。ラストに毒はなかったが、ラストのラスト、マスコミが報じた事件のあらましを読んで、なるほど世にあまたある同様の事件も真相を伝えているわけではないのだ、と納得する。 |
2009年5月1日(金) 「少女」(湊かなえ・著)を読む 因果応報 |
![]() 彼女の長編2作目がついに登場。それが「少女」だった。思わせぶりな表紙の写真、それに「少女」という題名から、ロリコン系アブナイ本と思う人もいたとか(いないとか)。湊かなえのことを知らない人は手にとって見るのもはばかれるというが、確かにそれはあるかも知れないな。 敦子と由紀の共通の友人紫織が友人の自殺を目の当たりにしたという。2人は自分たちも人の死と接したいと、由紀は病院の小児科病棟に、敦子は老人ホームにボランティアとして通うことになる。今風な2人の女子高校生が人が死ぬ瞬間を見たい?かなり強引な展開である。 夏休みの日々を由紀と敦子が交互に語り物語は展開する。ところどころ両者の接点が見え隠れする。それぞれのパートの登場人物が徐々に係わり合いを見せる後半部は特に面白い。結局、全員つながっていたというラスト。そして終章の遺書が冒頭の遺書へとつながる。 「告白」の複数人物一人称物語と共通するものがあるこの「少女」。読後感はどちらもあまり良くない。因果応報、地獄へ墜ちろ、何度かそんなフレーズが登場する。 教え子の作品を盗作し文壇デビューを飾る小倉教諭、彼の淫行相手だった高校生セーラ、嘘チカンで男性から金を巻き上げ挙句の果ては*を離婚にまで追い込んだ女子高生*、由紀らに変質者まがいの行為を強要した三条(その三条の娘とは?)など、悪意のある人物たちが因果応報で身の破滅、あるいは死んでしまう。 だったら由紀はこの後はどうなる?認知症の祖母を殺そうとした。因果応報なのか手を怪我した。本当の理由は書かれないが祖母に切られたようだ。恐ろしい祖母だ。三条への脅迫もあり、しらっとしていて由紀は相当なワルの面も見せるが、彼女は死なない。 「少女」はミステリーとしても非常に優れた作品である。巧みな伏線が線になるラスト、名前の入れ替え、殺人予告など、サクサクと読めて、衝撃度は「告白」ほどではないにしろ、面白いミステリーである。 |
2008年12月25日(木) 「告白」(湊かなえ・著)を読む 週刊文春ミステリー1位 |
「そして粛清の扉を」(黒武洋・作)を読んだ時の衝撃に似た衝撃を感じた。どちらも女性教師が主人公。どちらも一人娘を殺され、担任する生徒たちに復讐する怖い小説だが、読むのをやめられない。どちらも読中感最悪で、読後もすさんだ気持ちになるが、とにかくどちらも面白い。感想を聞きたく、友人たちに勧めている小説だ。 「愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」。本の帯のこのキャッチコピーは十分に人目を惹く。シングルマザー女教師の一人娘が校内のプールで溺死。しかし彼女は真相に気づく。これは事故ではない。担任する中学生2人に殺されたのだ。警察に届けても少年法が立ちはだかる。自らの手で彼らに復讐するしかない。 第1章「聖職者」は最初、短編として発表され、第29回小説推理新人賞を受賞した作品だという。主人公が教壇から生徒に語りかける台詞だけで終わるが、短編らしく冒頭から読ませ、ラスト1ページでは声を上げそうになる。唖然とする。先生がそこまでやるのか。読んでいて凍りつく。復讐は終わった。 しかし「告白」の衝撃は第1章だけではなかった。その後の展開が二転三転する。第2章「殉教者」から第6章「伝道者」まで、加害者の生徒A、B、クラスメートの女生徒、加害者の母親などの告白で事件が語られ、異常な全貌が明らかになる。新たな死者も複数出る。第6章では再びあの女性教師登場となり、恐ろしいラストとなる。 「教師と生徒が死闘を繰り広げる戦慄の教育サスペンス。日本の学園に明日はない!」。週刊文春2008ミステリ国内部門第1位に輝く作品であるが、そんな選者の評は大げさではない。 |