伊藤 たかみ


2006年8月29日(火) 第135回芥川賞受賞作「八月の路上に捨てる」(伊藤たかみ・著)を読む
 「文藝春秋」を年2回、芥川賞受賞作品が掲載される月だけ買う。同じように、直木賞受賞作が紹介される「オール讀物」も、こっちは毎回ではないが、時々買う。今月は両方を買った。受賞作を単行本で買うよりずっと買い得である。ただし、特に直木賞の場合、全文が載らない作品や、短・中編集なら2、3作品だけという場合もある。全部読みたい場合は単行本を買えということだろうが、僕はだいたい「文藝春秋」、「オール讀物」で読むことにしている。これで十分である。
 今年度上半期の芥川賞受賞作は、審査員の評価が分かれたようだが、伊藤たかみ氏の「八月の路上に捨てる」、だった。賞狙いかという審査員もいたようだが、なるほど全く季節感がタイムリーな内容である。
 離婚届を明日役所に届けようとする敦がいる。先輩の女性、水城と一緒に2トントラックに乗り、自動販売機に缶ジュースなどを補充するアルバイターだ。正社員の水城は離婚し、子どもを一人で育てるため、より給料の良い配送業務に精を出してきた。しかしその業務も今日で最後となり、明日からは千葉の営業所で内勤の仕事をする。敦はもうすぐ30歳、水城も30代である。ラストはこの2人が結婚するような流れとなるのだろうか。そんな気がするが。。
 学生時代の敦が大学で智恵子と出会い、結婚、新婚生活、そして徐々にすれ違い、破綻していく様が、回想編として描かれる。なるほどありがちな今風の若者2人だ。いや途中からもう一人の女性が関わるから3人か。この回想編が面白い。作者は男女間の愛情の変化や機微、心理模様の描写能力に優れた才能を持つようだ。普通には考えの及ばない(ような)2人の破綻にいたる出来事描写がリアルに迫ってくるのだ。実際そんなことを経験していなくても、過去に経験したかのような錯覚を覚える。読んでいて、気持ちがぐしゃぐしゃになったり、ドタバタ劇に切なくなったり、男なのに女の気持ちになったり。これは作者の力量のなせる技なのだろう。
 ラストは想像したとおりにならないのでご安心を。えっ、と思う。この終わり方も実にうまい。両方にとってハッピーなエンドではないのだ。
 作者の伊藤たかみ氏は昨年の直木賞受賞作家、角田光代氏の配偶者であるそうだ。びっくりである。昨年、角田氏は付き合っている男性のことをにおわしていたが、受賞後に結婚したのだろうか。週刊誌ネタのようで恐縮だが、伊藤たかみ氏は、いわゆるバツイチとか。経験が基になっている作品なのかどうか分からないが、芸のコヤシならぬ筆のコヤシになっているのだろう。 
  

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