角田 光代

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2005年5月3日(火) 「対岸の彼女」(角田光代・著)を読む 直木賞受賞作品
 本の帯のキャッチコピーは、『30代、既婚、子持ちの「勝ち犬」小夜子と、独身、子なしの「負け犬」葵。性格も生活環境も全く違う二人の女性の友情は成立するのか?』。
 先日読んだ渡辺淳一の「幻覚」のキャッチコピーにも、それは違うんでは?と思ったが、この直木賞受賞作品のキャッチコピーも内容を紹介するには不十分であろう。コピーライターはこの作品をちゃんと読んだのだろうか。安直である。「勝ち犬、負け犬」なんて、最近の世相の便乗じゃないか。そもそもこの小説の葵と小夜子の描き方は、「勝ち犬、負け犬」という観点から捉えたものではない。
 さらにこの小説では葵と、もう一人の主要な登場人物、ナナ子との、高校時代の奇妙な友情、アルバイト、逃避行、自殺未遂という、かなりドラマチックなストーリーが生き生きと描かれる。高校時代に阻害され続けた葵と、家庭環境に恵まれないナナ子。お互いにいじめの対象となりながら、覚めた女子高生同士の(表面的な、と言っていいかな)友情、愛情を育む。
 もちろん葵が34歳、現在の女社長となる前の高校時代である。時間と空間を自在に行き来しながらストーリーが展開するが、葵とナナ子の高校時代の方が、小説としては面白い。合間に、34歳の葵と小夜子の会社での奮闘記が挿入される、と言った方がより適切であろう。だからキャッチコピーの小夜子と葵に関する記述だけではこの小説を言い表したことにはならないのだ。
 さすがに直木賞受賞作品である。それほど奇をてらった事件が起きるわけでもない。女性3人の物語で、男性はほとんど登場しない。もちろん作者は女性である。読者も女性が多いのだろうか。しかし男性が読んでも共感できる部分が多い。34歳の女性のパートでは日常の何気ない描写も頷けることが多いのだ。
 繰り返して言うが、「勝ち犬、負け犬」の記述にとらわれないほうがよい。男性も女性も、読んで損はしない小説である。