絲山 秋子 

2006年2月14日(火) 第134回芥川賞受賞作「沖で待つ」(絲山秋子・著)を読む
 例年のように文芸春秋3月号に掲載されたものを読んだ。この作品、B5判月刊誌の2段組でわずか27ページの短編である。ページ数(長さ)は芥川賞受賞に関係はないのだろうか。今までこんなに短い作品での受賞があったか?作者の絲山氏はこの短編で、正賞の時計と副賞100万円、それに芥川賞受賞作家という名声をゲットできた。文学好き、創作好きの人には勇気を与えてくれる受賞であろう。
 受賞作は単行本で発売される。単行本の活字組では、50〜60ページぐらいにはなるだろうが、それでも単独での単行本は難しい。すでに発売されている単行本は他の作品とのカップリングであるようだ。値段1000円だ。気軽に読める薄さであろう。
 昔、男女間に恋愛感情なしで友情が成立するか、というディベートをやらされたことがある。僕は「ある」の立場でディベートに加わったが、「沖で待つ」の中の「私」と太っちゃんは、まさにそんな恋愛感情なしの男女である。同期に入社し、配属が同じ九州福岡、毎日机を並べて仕事をする。つまり仕事上の親友である。深夜まで仕事をして買い置きの缶ビールで盛り上がったり、居酒屋で一緒に酒を飲み交わす仲であるが、恋愛感情はどちらにも全くない。
 やがて太っちゃんは別の女性と結婚し女の子も生まれる。年月は経ち、「私」は埼玉に転勤し、その後太っちゃんも東京に単身赴任する。転勤を契機に男女関係成立かと思わせるが相変わらず何もない。そして、突然、もらい事故で太っちゃんが死ぬ。以前に取り交わしていた約束を思い出し、それを実行をする。それはお互いのパソコンのハードディスクを物理的に壊すことだった。他人に見られたくないファイルとは何だったのだ?
 優しく語りかけるような文体で、大変読みやすい文章である。出会いから友人づきあい、異動、結婚、そして死。長い年月に亘ることを、さりげなく自然体で語る。読み始めからすーっと小説の世界に入り込める。すぐに読み終える短さもいい。最初と最後に太っちゃんの幽霊が現れ、幽霊と話をするのだが、違和感もなく、ラストは笑える。幽霊と笑って終わる小説なのだ。
 ここ何年かの芥川賞受賞作の中ではだんとつ面白い作品だったと思う。因みに一番面白くなかったのは第131回受賞作の「介護入門」(モブ・ノリオ・著)だった。


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