石持 浅海

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2010年11月8日(月) 「見えない復讐」(石持浅海・著)を読む 
 東京産業大学に恨みを持ち復讐しようとする3人がいる。田島を中心とする現役東京産業大学(略すと東産大学、トウサン大学、倒産大学、あまりいい大学名ではない)の院生である。田島は経営学、他の2人は電子工学のプロである。
 大学に復讐するには金が要る。復讐した後は海外でのんびりと暮らす、そのためにも大金が要る。復讐の序章として彼らはベンチャー企業を起こす。ケータイ用ゲームの配信会社だ。もちろんゲームも作成する。
 その会社に出資した投資家、小池もまた東産大学の卒業生であり、都合のいいことに、彼もまた東産大学に恨みを持ち復讐したいと思っている。たまたま大学を訪れた小池は、田島たちに気付かれることなく、彼らの復讐計画に気付く。
 第1話〜第7話まである。ちょうど湊かなえの「告白」のように、単独でも短編として成り立つような構成であるが、それぞれの章がすべてつながり、全体として「見えない復讐」という1つのステリーをなす。野生時代の2007年から2010年まで数ヶ月ごとに各章が掲載されたのもこれでうなづける。最初は、年に2回の掲載だけに、短編に違いないだろうと思ったのだ。
 第1話は「セミの声」。大学でセミの抜け殻を集める田島たち。大量のセミの抜け殻を、ある場所にばら撒くことが彼らの復讐の行動の1つだった。それに気付く小池。まるでシャーロック・ホームズの推理のように、1つ1つのピースを田島たちの復讐というジグソーパズルに埋めていく。復讐の相手、復讐の方法が見えた。しかし、セミの抜け殻1つで、復讐の端緒ではある、ある計画がそんなにうまくいくはずがない。かなり強引であるが、まあ、面白い導入である。
 強引な展開は第2話「求職者」も同様だ。会社でケータイ用ゲームのプログラマー弦巻を採用する。デモ用ゲームを見た田島はその内容から弦巻の恐ろしい深層心理を推理する。弦巻にもまた復讐心が潜在されているのを見抜く。後半、その推理がことごとく当たる。ご都合主義でもあると言える。彼のこの潜在心理が後半、小池の策略の基となり、これも順調にことが運ぶ。
 第3話「プレゼント」も同様の推理がなされる。たまたま小池があるブランド店で田島たちを見かけ、女性用プレゼントを買うことから、とんでもないことを推理する。それがまた、ずばずば当たるのだ。だんだん嫌な展開になる。
 という風に視点を変えながら復讐計画は徐々に進む。しかし、田島たちが起こしたベンチャー企業は成功、大金を自由に操られるようになるに従い、彼らの心に復讐に対するためらいが起きてくる。彼らが復讐を思い立った動機にも真相として思い違いもあったようだ。
 後半、徐々にサスペンスが高まってくるが・・。
 とまあ、こんな内容である。ご都合主義という弱点があり、さらに最大の弱点は動機の弱さ。あんな動機で大学を爆破?サイバーテロかい? 
     
2008年4月23日(水) 「君の望む死に方」(石持浅海・著)を読む 
 「扉は閉ざされたまま」(05年このミステリーがすごい!第2位)と同じ祥伝社ノン・ノベルの倒叙式ミステリー。イラストレーターが同じ人なのだろう、表紙のイラストも「扉は閉ざされたまま」とそっくりだ。そして探偵役はやはり碓氷優佳だ。とすると作者はシリーズ物にしようというのか。本屋で見つけてすぐに買った。この作家の倒叙物は絶対に面白いはずだ。
 梶間は親の仇、日向を殺したい。余命半年と宣告を受けた日向は梶間に殺されたい。日向は4人だけ選ばれた親睦・研修会の場を犯行現場に設定する。この3日間に梶間は私を殺しに来るだろう。梶間も、この3日間が日向を殺す最後のチャンスと捉え、機会を伺う。殺す者と殺される者の想いが一致した。
 「さあ、殺せ、早く殺してくれ。凶器もさりげなく用意しておいたよ、外部犯に見せかける工作も十分だ。大丈夫だよ、君は完全犯罪を達成できるから」。
 「よし今夜こそチャンスだ。状況を考慮すると決行の時間は○時○分だ。よ〜し、殺すぞ。絶対捕まらない自信もある。親の仇を今夜こそ討つのだ!」
 しかし、なかなか”その時”はやってこない。倒叙物ならとにかく最初に犯人が人を殺すだろうに。冒頭に、保養所内に人が死んでいるという110番通報があったじゃないか。おや、その被害者が誰か書いてないぞ、おかしい。死体は日向でなければならないはずだが・・。
 やがて、スーパー切れ者、碓氷優佳の登場である。犯人を追い詰めるはずの優佳が、まだ犯行が行われていない、犯人(?)と被害者(?)にそれとなく”挑戦”する。このあたり、と言ってももうラストの方だが、ゾクゾクするほど面白い展開だ。でも、なんかおかしい。腑に落ちないとはこのこと。落ち着きが悪いのだ。いったいラストで梶間は日向を殺すのか、それとも正当防衛を装って日向が梶間を殺すのか。
 おい、おい、その終わり方は、東野圭吾の「どちらかが彼女を殺した」や「ゲームの名は誘拐」などのパターンだぞ。どっとがどっちをころしたのか、それは読者が考えろということか・・。
 結局、「扉は閉ざされたまま」ほどの知的興奮は感じられなかった。面白さもまあまあ、といったところか。 
   
2007年11月12日(月) 「アイルランドの薔薇」(石持浅海・著)を読む Who done it?の本格物
 「水の迷宮」では水族館、「月の扉」ではハイジャックされた飛行機、「扉は閉ざされたまま」ではセキュリティ完璧のペンションなど、クローズドサークル(つまり、吹雪の山荘パターン)が舞台となるミステリーで人気上昇中の石持浅海。彼の処女長編がこの「アイルランドの薔薇」であり、僕が読んだ石持浅海ミステリーとしては4作目となる。外部と接触を絶たれたアイルランドのある宿屋で殺人事件が発生する。警察を呼べない、誰も逃げ出せない特殊状況を巧妙に作り出す。
 週末に集まってきたB&B(Bed&Breakfast付きの宿泊所、ロッジみたいなところ)「レイクサイド・ハウス」の客は9人。科学者2人(日本人、アイルランド人)、アイルランド人会計士、アメリカ人女子大学生2人、オーストラリア人ビジネスマン、北アイルランド武装勢力(NFC)3人。ほとんどが素性を隠しているようだ。やがてNFC副議長が何者かに殺害される。
 犯人になりうる人間は客の8人と、さらには宿屋の女主人、コックまで含めて10人だ。フーダニ?また、殺し屋「ブッシュミルズ」がNFCからそのB&Bに送り込まれているはず。犯人は客になりすましている殺し屋か、別の人間か、殺し屋はいったい誰なのか。そもそも探偵役は誰なのか。久しぶりの本格物、期待通りに面白い展開だ。
 やがて、探偵役と思われる2人が浮かび上がる。日本人化学者フジとNFC参謀長のトムだ。この2人は別々に事件を推理していく。まさかこの2人が犯人であるはずがない。殺し屋であるはずもない。序盤でトムは殺し屋と同席し話をしているし、フジの言動はどう見ても探偵役。犯人は8人に絞られるが、さらに1人が事故死のようにカムフラージュされ殺される。これで犯人の可能性ありの人物は7人になった。
 う〜ん、面白い。解決後の余韻がまた素晴らしい。感動もあり、ユーモアの笑いも、満足感も得られる小説だ。アイルランドの歴史についても学ぶことができる。この作品が石持氏の初めての長編推理小説とは驚く。斬新なアイデアと特殊状況によるお決まりのクローズドサークル。”ベタな”と言われても「吹雪の山荘モノ」のファンは多いのだ。僕もその1人。
 ただ1つの欠点。犯人は最も犯人らしくない人間、まさかと思わせるラスト。これを期待する読者は少し失望するだろう。殺し屋の正体はまあいい。しかし、犯人はそれらしい人間(ネタバレごめん)だった。これは不満。
 
2007年7月10日(火) 「水の迷宮」(石持浅海・著)を読む 甘いラストに唖然 これは本格テイストのファンタジーか
 羽田国際環境水族館の職員・片山が深夜、館内で不慮の死を遂げた。突然死として処理されたが、推理小説のイントロであるからにして、読者は当然、殺人であろうと考える。
 3年後、片山の命日に、波多野館長にプリペイド式の携帯電話が送り届けられる。やがて何者かがメールで開放型水槽への攻撃を予告する。メールで示されたとおり、ある仕掛けが水槽に施されていた。単なるいたずらではなさそうだ。第2、第3のメールと展示生物への攻撃が連続する。但し、魚が死ぬなど実質的は被害は起きない程度の攻撃だ。
 やがて、金魚を100万円で買いませんか、という脅迫メールが届く。金が目的だったのか。しかしたった100万円?金額が少なすぎる。それでも職員の間に緊張感が走る。入館者への無差別攻撃があっては大変だ。少々不自然だが、警察には知らせない・内部で処理しようという全員の思惑が一致する。
 次に、飼育係長の大島が水槽裏で死体となって発見される。職員しか出入りが出来ない場所で、しかも鍵がかかっていた。密室での殺人。死体には3年前に死んだ片山と共通点がある。これが殺人なら片山も殺されたことになる。
 探偵役の深澤が推理する。ワトソン役は古賀だ。脅迫犯人は、あるいは殺人犯人は、職員の中の誰かでなければならない。明快なロジックで犯人を絞っていく。しかし館長室に関係者が全員いる時に、100万円の受け渡し方法を示すメールが届く。果たして誰が・・・?面白い展開にワクワク。
 水族館という閉鎖された空間でのみ物語が進行する。孤立した吹雪の山荘モノはよくある設定だが、作者は同じ状況を水族館の中に設定した。その着想は面白い。当然、本格ミステリーとして読み進める。いつものようにこいつが犯人かなどと、一応、動機や犯人を探ってみたりしながら。
 石持浅海の作品でこれまでに読んだのは、「月の扉」と「扉は閉ざされたまま」の2作品だけ。「月の扉」はラストに不満の残る作品だったが、「扉は閉ざされたまま」は、私の読んだミステリーの中でベスト5に入るほど素晴らしい作品だった。果たして、「水の迷宮」はどちらに入る作品か。
 う〜ん、残念、大いに不満の残るラストだった。大島を殺した犯人は判明する。3年前の片山も突然死ではなかった。脅迫犯も別にいた。しかし、無理やりラストに感動を持ってきたいための、あんな処理はないだろう。ミステリーファンはラスト、探偵役対犯人の対峙を期待する。なのに、死者が2人も出ている、脅迫者もいるのに、誰も逮捕されない、誰も罪にも問われない。当事者全員で2つの殺人も脅迫も封印する、こんなことができるのか。そして7年後の一大プロジェクトの大成功。大甘のラストにがっかり。
 「すべての謎が解き明かされたとき、胸を打つ感動があなたを襲う」、にだまされた。 
 
2005年8月9日(火) 「扉は閉ざされたまま」(石持浅海・著)を読む 倒叙モノの醍醐味が味わえる傑作!
 冒頭、いきなり犯人・伏見が被害者・新山を殺害し、ある方法により、殺害現場を完全に密室化する。ご丁寧にドアストッパーまで咬ませて。現場は7人による同窓会が行われるペンションの一室である。完全なセキュリティシステムにより、その密室はおろか、ペンション内に他の人間が入り込む可能性は全くない。登場人物は被害者を除くと6人だけ。おっと、吹雪の山荘モノにも似た設定だが・・・。
 殺害の動機は何か、なぜ死体発見を10時間後以降にする必要があるのかなど、犯人は読者に全く知らせない。伏線が張り巡らされているが、読者に推理できるものではない。密室の”扉は閉ざされたまま”、伏見と探偵役の優佳の対峙が深夜まで続く。この緊張感あふれる展開は見事だ。作者・石持浅海氏の知的ゲームに翻弄され、犯人と共に心地よく、なぜか完全犯罪の破綻に心が躍る。
 「刑事コロンボ」でお馴染みの、いわゆる倒叙モノである。倒叙ミステリーでは、犯人も犯行のトリックも(この作品では密室殺人)も最初に読者に明かされる。後は、犯人対探偵役の知的駆け引きだ。ちょっとしたほころびから完全犯罪が暴かれていく、探偵役が犯人を追い詰めていく、その展開が面白いのだ。さらに普通の密室モノなら、ドアや窓を壊して中に入ることから推理合戦が始まるが、この本では最初から最後まで”扉は閉ざされたまま”である。
 石持浅海の作品は、「月の扉」以来2作品目である。たまたまなのか意識してのことなのか、「扉シリーズ」と相成っている。「月の扉」はラストの処理や登場人物の描き方に不満を覚えたが、この「扉は閉ざされたまま」は、動機が弱いという指摘はあろうが、読んで楽しい、ワクワクして読み続けることのできる、傑作ミステリーである。おススメです。

2005年1月19日(水) 「月の扉」(石持浅海・著)を読む 
 那覇空港で離陸前の飛行機がハイジャックされた。犯人は男2、女1の計3人だけ。テロ組織などの武装グループでない、一般人3人によるハイジャックである。幼児を人質にし、したたかな彼らに警察や特殊部隊も手が出せない。彼らの目的はただ”師匠を空港に連れてくる”こと。しかし、連れて来てその後どうするのか、彼らがどうやって逃げるのかなど、全く分からない。
 そのうち、ハイジャックとは全く関係なく、飛行機内のトイレで女性が殺される。ハイジャックと殺人事件。2つのミステリーが同時に進行する。序盤はなかなか読ませるミステリーである。さすが、04年「このミス」第8位の作品だ。で、探偵役は誰?
 何と、探偵役は飛行機の中の乗客の1人だった。たまたま、恋人との沖縄旅行の帰りにこの事件に巻き込まれた若者である。ハイジャックの犯人が彼に「トイレ内密室殺人事件」の謎を解明するように命令(いや、お願いか)する、というふざけた設定である。幼児を人質にする冷徹な犯人が探偵役の若者と同等に話を始めるあたりから、どうにも違和感があり、犯人にも探偵役にも感情移入できない。
 後半、皆既月食の夜に彼らの師匠とともに”別世界”に行こうとするハイジャックの目的が分かってくる。しかし”別世界”とはいったい何だ?死ぬことだろうか。このあたりの説明もあいまいである。そして何よりも、新興宗教の教祖にもなれるような強力なカリスマ性を持つ彼らの師匠の描き方が甘い。伝わって来るものが少なく、納得させる人物描写でない。3人がハイジャックしてまで”連れて来させる”意味が薄いと思う。
 そしてトイレ殺人事件の解明も不満である。密閉された飛行機の中、それも後部のトイレ付近という限られた場面設定で、推測に基づくロジックだけで解明するのであるが、推理小説の解決編を読む、あの爽快感があまり感じられなかった。
 ラストも、オチやどんでん返しは若干あるものの、すっきりしない。めんどくさくなったら殺せばそれでいいという終わり方は、期待して読んできた読者への裏切りであろう。