学 校 紹 介 はじめのページに戻る
1 沿革の概要
本校の位置する旧遠野町は、1189年阿曽沼広綱が閉伊郡遠野十二郷を治めることになり、天正年間鍋倉山に築城して以来栄えた。阿曽沼氏滅亡により、1627年南部直義氏が入城以来、遠野南部氏の城下町として241年の長きにわたり、遠野郷の政治・経済・文化の中心地として栄えた。また、海岸と内陸との物資交流中継地として「一・六の市日の馬三千、人三千」と称されるほどの繁栄ぶりを誇る商業交易都市でもあった。
しかし、1868年明治維新を契機として、封建制の崩壊と交通の発達・産業構造の変化に伴い衰微の一途を辿ったが、司法・林野・県関係機関の設置等政治・経済・文化的にも近隣農山村の中心的役割を果たしてきた。
昭和29年12月1日、旧遠野町を中心とする一町七村が合併し、面積666.61平方km、人口35,341人の遠野市が誕生した。面積の71%は山林で耕地は8.3%と広大な大自然に恵まれた本市は、北上総合開発の拠点都市として脚光を浴び、農林畜産業を中心に観光、道路開発等が促進され、北上山地の大自然に息吹く永遠の田園都市づくり・トオノピアプランとして大地と光と水と緑がいっぱいの「生産加工都市」、明るく人間性豊かな「健康文化都市」、自然と歴史と民俗の「博物公園都市」をめざしてその建設が進められている。その中心地として政治・経済・文化機能が強化される一方、商業地域としての再開発と周辺地域の住宅化が進み、市街地が拡大しつつある。
本校は、この中心市街地に位置し、商業住宅地域を学区にしており、父母や住民の教育に対する理解と関心が高い地域にある。
2 校舎の概要
敷地面積 32,707平方m
昭和43年5月8日遠野東小に火災が生じ、その後、復旧建築の議と共に、遠野小学校との統合がきまり、まず昭和43年度復旧、昭和44年度統合工事が議決、昭和45年5月29日竣工検査が行われ本校舎鉄筋コンクリート三階建の校舎が落成する。平成5年7月校舎大規模改造に着工し、平成8年12月に四期工事完了し、大規模改修工事が終了する。(総工費7億9千万円)
校舎・体育館
面積 5427.6平方m 体育館 840平方m
教室等の概要
教 室
普通教室(12) 特殊教育教室(2) ことばの教室(2) 花巻養護学校分教室(教室2)
特別教室
音楽室 図工室 理科室 家庭科室 図書室(2) 相談室 和室 児童会室 保健室 合同教室 コンピューター室(視聴覚室) 多目的ホール 体育館 プレールーム
管 理 室
校長室 職員室 事務室 更衣室(2) 放送室 印刷室 楽器準備室(2) 給食受入室(2) 鼓笛準備室 資料室 機械室 理科準備室 ことばの教室(研究室・プレールーム・検査室・資料室) 会議室 小会議室 休養室 教具室 倉庫(2) 給湯室(1) 昇降口( 3) 便所(9)
施 設
水泳プール(浄化槽施設 S55.6)
そ の 他
遠野市教育研究所幼児ことばの教室 飼育小屋 東舘児童公園 夜間照明施設 スロープ クラブハウス 教育研究所 遠野市教育資料室
3 児童数
平成19年4月1日現在
| 学年 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 知的 | 言語 | 合計 | |
| 児
童 数 |
男 | 27 | 28 | 24 | 26 | 29 | 33 | 4 | 171 | |
| 女 | 25 | 25 | 28 | 22 | 29 | 26 | 2 | 157 | ||
| 計 | 52 | 53 | 52 | 48 | 58 | 59 | 6 | 328 | ||
| 学級数 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 1 | 通級(2) | 13 | |
4 学校経営全体構造
5 校内研修
(1)研究主題
「学ぶよろこびを感じながら、意欲的に活動する子どもの育成」
−読解力を高める授業の工夫を通して(国語科)−
(2)研究内容
ア 学び方を習得させる授業 イ 指導と評価の一体化(今年度の重点)
| ○「つかむ・みとおす・とりくむ・たかまる・まとめる・ふりかえる」の指導過程の定着 | ○培いたい力の明確化 ○指導の手立ての工夫 ○評価の工夫 ・教師評価 ・相互評価 ・自己評価 |
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一 体 化 |
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6 特色ある教育活動
(1)郷土学習と全校表現活動 「遠野の里の物語」による総合的学習
(2)鼓笛隊、スクールバンドによる音楽活動
(3)「いきいきタイム」を活用した体育的活動・音楽的活動等