横山 秀夫

2007年10月17日(水) 「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫・著)を読む ラストは落涙、本当に
 1985年8月12日、日航機ジャンボジェット機が群馬県御巣鷹山に墜落した。「クライマーズ・ハイ」はその日航機事故の報道に関わった男たちの物語である。北関東新聞社の全権デスクを任された悠木を中心に物語は展開する。ドキュメンタリーのようであるが日航機事故を題材にした骨太な、大人の人間ドラマだ。
 ”クライマーズ・ハイ”とは「興奮状態が極限に達し恐怖感がマヒしてしまうこと」、だそうだ。
 登山家が陥るクライマーズ・ハイに新聞記者も陥った。そりゃあそうだ。ジャンボ機墜落という未曾有の事故が起こったのだ。そしてこの小説を読む我々もちょっとしたクライマーズ・ハイ。読んでいる自分の息遣いが聞こえてくるようだった。
 すごい小説だ。この臨場感、サスペンス、盛り上がり方、タイムリミット、そして推理小説のようなラストのまとめ方。無理して泣かせようとするのではないが、誰もが泣く、泣ける小説だ。ベタに、520人の犠牲者に絡む涙ではない(遺書など、それも一部はあるが)。重い命、軽い命、家族、友人、ジャーナリズム、使命感、など。たまらないね。それらが涙の源泉。
 それにしても、新聞社という組織はまるで暴力団。フィクションだからだろうが、怒号が飛び交い、取っ組み合い、醜い喧騒に明け暮れる。騙し騙され、陥れ、縄張り、派閥争い。毎日が命がけのサバイバルゲームだ。時間との戦いでもあり、何度か登場するタイムリミット劇に本を置く間もなく、ページを繰り続ける。
 さらにこの小説はミステリー的味付けも施される。ジャンボ機墜落の当日、友人の安西と一緒に衝立岩登攀のために現地に向かう予定だった。しかし安西は謎の行動を取った後、倒れ、植物人間となってしまう。果たして彼の行動にはどんな秘密が隠されているのか。
 家族を意識させられる小説でもある。悠木と決して言葉を交わそうとしない長男・淳。85年8月12日から激動の1週間をメインに、17年後、安西燐太郎と衝立岩登攀を目指す悠木のパートがほどよく加味される。すべてがつながり、まあハッピーエンドに近いラスト。落涙(ラクルイ)という言葉があるが、本当に本にぼたぼた涙が落ちてきそうだった。
 横山秀夫の小説は、「半落ち」、「震度0(ゼロ)」に続き、3冊目だ。独特のスタイルがある小説だ。覆面作家として執筆した本でも、数ページも読めば、横山作品と分かる文体を持つ。研ぎ澄まされた、無駄のない、緊張感の漂う、それでいて人間味あふれる筆致である。
 横山秀夫氏は日航機事故の当時、実際に、地元群馬の上毛新聞の記者であったそうだ。上毛は群馬県の地名であるが、読み方は「ジョウモウ」。カミケやカミノケと読んではいけない。「下毛」(シモゲ、シモノケ?)もあるのかな。人前で言ってはならない言葉のようでもあるが。。
 
2006年3月14日(火) 「震度0(ゼロ)」(横山秀夫・著)を読む
 テレビでは愛媛県警のトップ3人(と思しき人間)が不祥事の謝罪か、深々とにより頭を下げている。またかと思う。まあ、どんな職種の人間にも一部、悪い人間はいるのだろうが。
 しかし、この「震度0」に登場する本部長以下、警務部長、警備部長、刑事部長、生活安全部長、交通部長らエリート幹部職員は、全員が出世欲、保身、セクト主義、敵がい心、(そして一部、色欲)などの固まりだ。小説を面白くするための設定であろうが、いくらなんでもやり過ぎではない?こんな人間が県警の幹部にいるものかと思う。
 男たちだけでない。官舎に一緒に暮らす妻たちも同様である。同じ官舎内で不倫をする者、婦警同期だった妻どおしのライバル意識、そして、詮索、嫉妬、ねたみなどが、読者に悪意を抱かせるように描かれる。ラストに判明する、失踪した警務課長(一般で言う人事課長なのだそうだ)夫人の苦悩。これはちょっと切ないのだが、どうも収まりが悪い。
 何故だろうと考えてみた。人望厚く職務に実直だった不破の人物像が、失踪の原因が判明することにより、醜悪な人間になってしまうことのギャップか。つまり、この小説の中の登場人物の中で一番良い人間だと思っていた不破が、人間としての苦悩はあったろうが、結局は、エリート幹部たちと同じドロドロ人間だった、ということ。
 阪神・淡路大震災の発生した朝に、そこから700キロ離れたN県警察本部の刑務課長不破が突然失踪する。ここから始まる小説であるが、阪神淡路大震災はストーリーに何ら関わってこない。一人の人間の失踪がN県警上層部に激震をもたらし、それからたった数日間の出来事を、阪神大震災のテレビ画面と死傷者の数の増加を随所に挟み込みながら、スリリングに読ませる。小説としては面白く、飽きない。
 横山秀夫の独壇場とも言える警察小説である。「半落ち」とどこか共通点のある展開である。 
 
2002年12月3日(火) 「半落ち」(横山秀夫・著)
 勤続31年、49歳の真面目な現職警部・梶が妻を扼殺した。梶は5年前一人息子を急性骨髄性白血病で亡くし、妻もまた若くしてアルツハイマー病に犯された。物忘れがひどくなり息子の命日まで忘れてしまった妻を、せめて母親のままで死なせてくれと懇願され、不憫に思い殺してしまった。2日後自首して来た梶警部を「落としの志木」と異名をとる捜査一課の刑事・志木が取り調べる。
 問題は、事件の後、自首してくるまでの2日間の彼の行動だ。なぜ彼は自殺せず新宿歌舞伎町に行っていたのか。空白の2日間、これを解明しない限り、完全な自白、すなわち「完落ち」とは言えない。つまり「半落ち」のままだ。
 物語は取調官・志木の章、検事・佐瀬の章、新聞記者・中尾の章、弁護士・植村の章、裁判官・藤林の章、そして最終章が刑務官・古賀の章からなる。それぞれの人間の立場で空白の2日間を解明しようとする。2日間の謎の行動。ただそれだけを焦点にラストまで読者を引っぱり続ける。最終章・古賀の章になっても謎はなかなか解明されない。じれったい。いったい感動のラストとは?
 ついにすべてが解明されるのはラストの3ページあたりから。51歳を超えたら梶の生きる意義もなくなるという意味もやっとわかる。そして評判どおり、気持ちが熱くなり涙が落ちそうになる。ぽたぽたと落ちる涙ではない。落ちそうで落ちない涙。だから題名が「半落ち」。。
 


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