横溝 正史 

2013年1月21日(月) 「獄門島」(横溝正史・著)を読む  
 「気違い」は差別用語、放送禁止用語だという。だからなのか、ワードの標準辞書であるIMEでは、初期設定のままでは「きちがい」と入力しても「気違い」は変換されない。ひらがなのままか、せいぜい「基地外」と変換されるだけである。逐一変換で学習させたり、ユーザー登録しなければ、「気違い」は変換されないのだ。
 何年か前のことだが、亀井静香が言った「そんなことは気違いざた」と言ってしまった時も、後で司会者が不適切な発言があったと詫びていた。「気違いざた」がダメなら、色情狂を言う「色気違い」もダメ。落語にも出てくる、「酒は気違い水」も、諺・格言ともいえる、「気違いに刃物」もダメなのか。ことば狩りである。
 同様に、「気が狂う」や「発狂」、「気が狂ったように」もNG表現だという。地上波で放映される古い映画ではそんな言葉はピーで消されたりするが、衛星放送では最後に断り書きが入り、そのまま放映されている映画も多い。
 「獄門島」の巻末には、「本書中には、今日の人権擁護の見地に照らして、不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表時の時代的背景と文学性を考え合わせ、著作権継承者の了解を得たうえで、一部を編集部の責任において改めるにとどめました」、とある。
 「気違い」という言葉が、「獄門島」の中で、(数えたものではないがたぶん)百カ所ぐらいは出てくる。復員船の中で死んだ鬼頭千万太の父親、与三松は気が狂い、座敷牢に閉じ込められている。そのため、しつこいくらい「気違い」や「気が狂う」という表現が出てくる。「キチガイじゃが仕方がない」という、トリックに関わるセリフもある。
 本家と分家の争い、水もしたたるいい男、その男に狂っている3姉妹、謎の復員兵、巨大な釣鐘が歩く謎(「劇場版TRICK」でパクっていた)、そして、芭蕉の俳句に見立てた見立て殺人、名探偵金田一耕助の推理。古典的推理小説であり、読んで損したなどと思うことはない安心して横水正史の世界に浸れる。
 それでも文句あり。ときどき思うのだが、「3人の妹が殺される。獄門島に行ってくれ」とお願いされたら、日本一の名探偵、3人の命を自分の命に代えてでも守って見せろよ。絶対に一人にさせないとか、安全な場所にかくまうとか、対策を万全に施し、3人の娘を守るのが日本一の名探偵だろう。3人が殺されるまま何もできず、3人が殺されてから推理するのは、あんた、本当に日本一の名探偵かい、と言いたくなる。まあ、推理小説にそんな野暮な文句は言う方がおかしいということは重々承知しているが。 
 
2012年3月7日(水) 「犬神家の一族」(横溝正史・著)を読む  
 なにを今さらという感じだが、「犬神家の一族」を読んだ。映画は観たことがあるが、原作は今まで読んでいない。当HP、ミステリーのページを見ても、横溝正史の作品は1つもない。わりと新しいミステリーが多い。古典的な本格ミステリーでは高木彬光などいくらかあるが、綾辻行人、我孫子武丸、有栖川有栖など、新本格派と言われる作家の方を好んで読んでいる。古典的名作という「犬神家の一族」、横溝作品も1つぐらいは読んでおこうか、そんな軽い気持ちで読んだ。
 文庫本の表紙に「日本推理小説史上、不朽の名作!」と書いてあるが、やはり面白い本だった。最初からまさに独特の本格モノ。正統派の推理小説然とした、異常な雰囲気は妙に心地よいから不思議だ。山奥の大きな屋敷、莫大な遺産、奇妙な遺言状、仮面の男、絶世の美女に醜い召使、無残な見立て殺人など、これこそ推理小説の王道であり醍醐味。応えられないね。
 綾辻行人の雰囲気がある。いや、逆に、綾辻行人の「館シリーズ」には横溝正史のおどろおどろしい雰囲気がある、と言うべきなのだろう。横溝正史は1981年に没しているのだ。綾辻ら、京都の新本格派と言われる作家たちはまだまだ現役だ。
 さて、金田一耕助が登場するとすぐに第一の犠牲者が出る。名探偵はなぜか事件を未然に防げない。1人か2人ぐらい犠牲者が出てもなかなか推理はできない。この小説では4人も犠牲者出て初めて金田一耕助の勘が働く。名探偵なら犠牲者が出る前に、推理して防げよなんて無粋なことを思ったりもする。
 佐清のマスクはミステリーには都合がいい。安易にマスクを使う作品はたぶんこれ以降あまりないだろうが、マスクを利用して2人が入れ替わっていた、これは誰でも考えることだ。佐清と入れ替わる人物は、当然復員服姿で出没する静馬だろう。これも容易に想像できる。
 ラストに金田一耕助が、「犯人はあなたです」と名指ししても、誰もが予想がつく人物だった。これは少し興ざめ。しかし、どうやって4人を殺したか、殺した後の処理に別の人間が関わっていたなど、これらはもちろん私には分からなかった。
 巨額な遺産相続をめぐり、「斧(よき)・琴・菊」の犬神家の3つの家宝に見立てられた血みどろの連続殺人。その謎の解明が本書の見所だが、菊と琴の見立て殺人はまあ、特に何もない。
 しかし斧(「よき」と読ませる)は、普通、斧を使った殺人と誰もが考える。しかしスケキヨはさかさまに湖に半分沈んでいた。だからスケキヨをひっくり返し、ヨキケス。水面に出ていたのは下半身の上半分、だから「ヨキ」なのだ。これで、「斧(よき)・琴・菊」の見立て殺人が完結したなんて、子どもダマしだ!おおいに拍子抜け。
 動機の強い容疑者たちが次々と殺され、犯人が否応なしに限定されてしまう。意外な犯人を期待することができないのが本書の欠点であるが、その次の欠点がこの強引な斧(ヨキ)の漫画チックな見立て殺人であろう。こんな斧(ヨキ)のオチに誰が満足するだろう。 
  

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