楊 逸
2010年6月16日(水) 「閉ざされて」(篠田真由美・著)を読む |
作者の楊逸(ヤンイー)氏は中国ハルピン市出身の女性。極貧の幼少時代を経て、22歳で来日する。留学生向け特別受験でお茶ノ水女子大学に入学し地理学を専攻する。学生時代から付き合いのあった日本人と結婚し、1男1女に恵まれるが離婚。女手1人で2人の子どもを育て現在は高校生と中学生。中国語講師や中国語新聞の記者などを務めながら執筆活動を始める。「ワンちゃん」で文学界新人賞を受賞。同作品は前回の芥川賞候補にもなった。 文芸春秋の9月号に掲載された受賞者インタビューは面白い。「天安門とテレサ・テンの間で」という題で、生い立ちから家族のこと、日本に来たいきさつ、小説を書くようになったきっかけなど、大変ドラマチックな半生が語られている。これこそ波乱万丈、事実は小説よりも奇なり、だ。 「時が滲む朝」は選者により賛否両論があった。中国嫌いの石原慎太郎は当然のようにこの作品を認めない。「書き手がただ中国人だということだけでは文学的評価につながらない」と厳しい。村上龍氏も「価値のある情報を見出せなかった」。宮本輝氏も「どうにも違和感をぬぐえない日本語と併せて受賞に賛成できなかった」。男性選者は反対派が多かったようだ。 この作品を評価しているのは、川上弘美氏、小川洋子氏、山田詠美氏など、女性の選者たちだ。「登場人物たちをどんどん好きになる」(川上)、「平成の日本文学では書き表すことは困難であろう」(小川)、「応援したくなる人間を描くのが上手だ」(山田)など。まさか、単純に楊逸氏が女性であるから女性選者から受けが良かったというわけではあるまい。それにしては男性と女性で評価が分かれた。 民主化運動に加わった2人の大学生・梁浩遠と謝志強は天安門事件で挫折し、トラブルを起こして大学を中退。1人は中国に残り1人は中国残留孤児の2世と結婚し来日する。その2人に関わる女性・白英露、民主化運動のリーダー・甘先生らのその後が、ほぼ予想したようにうまく収まるが、ラストの成田空港での別れの場面は悲しい。読後に余韻に浸れる。 この小説は団塊の世代が読むとノスタルジーを感じる。田舎から都会の大学に進み、何も知らないまま学生運動の波にもまれていった学生は多い。天安門事件など、東大闘争とダブルに違いない。歌を歌って夜を明かしたりしたことなども。天安門事件は1989年、東大安田講堂の攻防戦はちょうど20年後の1969年だった。 |