津村 秀介
2006年9月7日(木) 「東北線殺人事件 久慈・熱海殺人ルート」(津村秀介・著)を読む 侍浜に住む知的障害者が殺されるだと? |
小田原の城址公園で殺された若い女性は久慈市、それも侍浜に住む女性だった。お馴染みのルポライター、浦上伸介と前野美保が久慈市へと向かう。途中、盛岡で北上川沿いのホテルに一泊する。岩手公園のことを美保は盛岡城址公園と呼んでいた。なんで?この小説は93年の作品であり、岩手公園の名称問題はまだず〜と先のことなのに。 八戸新幹線はまだ開通しておらず、盛岡からはL特急はつかり1号に乗る。好摩、沼宮内、一戸、二戸、三戸と、細かく停車して八戸へ。八戸からは2両連結のディーゼルカーに乗り、64.9キロ、ざっと2時間の八戸線を南下する。本八戸駅、鮫駅、蕪島、角の浜駅、陸中中野駅など、おなじみの駅が数行ずつで紹介される。 久地駅に着く。JRの駅舎に隣接する三陸鉄道駅、売店、駅前広場、白樺号、久慈川、長内川、国道281号線、久慈署、久慈市役所、川崎町、みちのく銀行久慈支店など、作者の綿密な取材旅行の成果だろうが、位置なども間違いなく記述されている。琥珀の原石も置いてあるみやげ物店、歯医者、警察を経て、タクシーでいよいよ、被害者の住んでいた侍浜へと足を伸ばす。 国道沿いのアカマツの森林を抜け、ガソリンスタンドのある変形十字路を右に折れる。人家が途絶えて、松林を二分する道の先に紺碧の海が広がる。まさしく侍浜だ。侍浜小学校や北限閣を通り過ぎていくコースだ。そしてその晩は北限閣に宿泊する。運転手が言う、「ここなら予約なしで行っても泊めてもらえるんじゃないかな」。その頃から既に経営が悪化していたということか。六角形の大浴場、ロビーに隣接する食堂、太平洋に面した客室、崖下の松林、少ない宿泊客。北限閣の記述にも間違いがない。 作者は取材旅行に訪れた時、侍浜に知的障害養護学校があることを知ったのだろうか。あるいは、最初からのプロットなのかどうか分からないが、被害者である侍浜出身の道代は知的障害者だった。 津村秀介の推理小説は時刻表トリックを用いたアリバイ崩しの物が多い。例にもれず、この作品も、9時半に花巻で道代の母を殺し、2時5分着の新幹線で熱海に現れることができるか、というもの。盛岡(9時頃)、東京駅(12時40分頃)、熱海(2時10分頃)では、信頼される目撃者の情報があるから犯人のアリバイは鉄壁であるはずだが。。 解決編を読む前に15分間考えた。与えられている時刻表を何度も何度も見た。道代の母が殺される花巻市の似内は、新花巻駅にも花巻空港にも近い所である。土地鑑のある人間ならすぐピンとくる。飛行機だ。しかし、花巻から羽田の便はない。だったら千歳か名古屋の便に乗り・・・。珍しいことに浦上伸介の推理をほぼ言い当てた。まあ、誰でも考えそうなトリックだった。 |
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2004年9月29日(水) 「松山着18時15分の死者」(津村秀介・著) イチロー今日2安打 あと3 |
旅行で行ったことがある地名がタイトルになるトラベルミステリーは本屋で見つけるとすぐ買ってしまう。「松山着18時15分の死者」は、四国の松山市、中村市、四万十川、足摺岬、高知市、桂浜など、4年ほど前に訪れた地名も登場するトラベルミステリーである。津村秀介の作品におなじみのルポライター浦上伸介が探偵役となり、彼の友人、谷田も登場する。 解説を読んで知ったことであるが、この作品はJR四国のキャンペーンTVドラマのために書かれたものだという。4泊5日四国一周の取材旅行をテレビスタッフと一緒に行い、その後、執筆した作品だそうだ。だからなのか(TVドラマ用作品だから手を抜いたのか)、あちこちにアラの目立つ推理小説である。あるいは、私の読み方が浅かったのだろうか。 まず、松山署の刑事なら、高松駅のホームで夕刊を買ったという堀井の主張は嘘だとすぐに見抜けるはず。四国内では全国紙の夕刊は配達されないということを松山の矢島部長刑事が知らないはずがない。それなのに、ラスト近くに浦上が実際にキヨスクに夕刊を買いに行って初めてそのことが分かる。これには少し興ざめである。 次に、和平興産社長の他界は偶然の出来事であるが、これをアリバイ工作に使うのは無理がある。もし社長の死亡がなかったなら、堀井は松山にいなかったアリバイ工作をどうやって構築するつもりだったのか。これについての説明もなかった。 また、鉄道やタクシーでアリバイ工作を崩さなかったら、誰だってすぐに飛行機を考えるはずだが、ラストまでそれに気が付かない探偵や警察は今どきいるだろうか。松本清張の「点と線」ならいざ知らず、90年に刊行された推理小説のアリバイ崩しに、飛行機の利用はすぐに考えられるはずだ。 最後に、浦上伸介を犯人にしようとした意図は何だったのか。観光地図や将棋の駒の指紋の細工をしたって、少し調べれば彼が犯人であるはずがないことはすぐに判明すること。これについてもきちんと説明されてなかったような気がする。 まあ、私もテレビドラマのための推理小説ということで、じっくり読んだわけではないので、あるいは上記4点について、作品中で納得のいく説明がなされているのかも知れない。もしそうだったら、津村秀介さん、ごめんなさい。 |
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2002年7月1日(月) 「仙山線殺人事件」(津村秀介・著) |
山形と仙台で同じ日に棋士2人が絞殺された。犯人は賭け将棋仲間の三木と思われるが、三木にはその時刻、横浜にいたというアリバイある。ルポライター浦上伸介は列車と飛行機の時刻表を駆使し、三木のアリバイが偽装であることを明かす。しかし彼は真犯人ではなかった。真犯人は他にいた。三木を犯人とするためのアリバイ工作は真犯人の罠だった。アリバイ崩しに奔走する浦上たちの努力は読者にとってはミスリーディングだ。 実は、さらに完璧に、大阪・宝塚にアリバイのある横光がホンボシでなければならないのだ。横浜のアリバイは結局崩れたが、時間的にも空間的にも、つまり物理的に、宝塚にいた横光が仙台での殺人事件に関われるはずがないのだ。その鉄壁なアリバイのトリック、そして後半に、それを崩していく浦上の推理がこの小説のポイントとなる。 今度は時刻表と交通手段による安易な方法ではない。電話、ホテル名、将棋の片八百長などのトリックが必要だ。もちろん共犯者もいる。執拗に聞き込みを続ける浦上と先輩・谷田がついにトリックを明かす。綿密に計画された完全犯罪は徐々に崩れさるのだ。なるほど、なるほど、そうだったのかと読者を納得させるラストの展開。 何度も前に戻ったり、メモしたり、付箋をつけ、傍線を引きながら読み続けた。時間が細かく関わってくるアリバイ崩しの推理小説は読んでいて疲れる。途中で飽きてしまうこともあるが、ラストを読むときの快感が忘れられず、緊張感をもって読み続ける。「仙山線殺人事件」は仙台の不在証明ではなく宝塚の不在証明だった。 |
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2003年1月13日(月) 「黒い流域」(津村 秀介・著) |
同時刻の異なった場所での二つの殺人事件の犯人が1人であるはずがない。共犯者がいるんだろう。ということは「アリバイトリック7ヶ条」(「諏訪湖マジック」
by二階堂黎人)の1つ、”1人ではできないアリバイ工作も2人なら簡単にできる”ことになる。さらに、”複数の目撃証言ほど信じられないものはない”から、完璧すぎるアリバイほどトリックであると疑ってよい。 最初から犯人とその共犯者であろう2人が登場するが、2人とも完璧すぎるアリバイがある。そのアリバイ崩しがこの推理小説のテーマであり面白さであるのだが、果たして、あっと思わせるトリックがあったか?答えは、否である。 背格好、顔立ち、頭髪の長さなど、似通った女性3人を登場させ、すりかえるというトリックは安易であり、あまりフェアじゃない。諏訪湖マジックでは、(ちょっと強引だと思った)故意に起こした列車事故によるダイヤの乱れを利用したトリックを使っていたが、本書でも故意に起こした交通事故がアリバイ工作に使われる。ブレーキオイルのキャップをはずしておいたぐらいで三重衝突で死傷者まで出る、おあつらえ向きの交通事故を起こすことができるのか。安易であり、あまりに偶然に頼りすぎる。 ラストの全容解明。一気にすべてを解き明かすが爽快感がない。事件解決の材料をすべてを読者に与えてから(つまり読者に挑戦する)ラストという本格物ではないせいか?主人公にも犯人にも感情移入できないままに終わってしまった。 |
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