津村 記久子
2009年5月4日(月) 「ポトスライムの舟」(津村記久子・著)を読む |
第140回平成20年度下半期芥川賞受賞作である。 30歳前後の人をアラサー(around thirty)、40歳前後はアラフォー(around forty)と言うのだそうだ。言いづらいからなのか50歳前後のアラフィフは聞いたことがない。20歳前後のアラトゥエンもない。60歳前後はアラシックスと言うのかと思ったら、アラカンと言うのだそうだ。アラウンド還暦の略だという。昔の東映、映画スターのことではない。なおaround=about。 「ポトスライムの舟」の主人公・ナガセはアラサー(作者・津村記久子氏もアラサーのようだ)。独身で、母親と築50年の広い家に住み、派遣社員として製造業のライン上で働く(給料138000円)。何年か前までの会社務めの頃に恋人はいたが今はいない。 夜の6時から9時までは友人・ヨシカのカフェで働き(時給850円)、休日はパソコン教室の講師を務める。さらに夜はデータ入力の内職(内職は今や死語かも)も行っている。住宅ローンや賃貸マンション代も必要ないから、まあ普通に生活できるしそこそこ貯金もできる。非正規社員の暗さや惨めさは微塵も感じられない。大阪人の明るさ、たくましさが感じられる。 たまたま職場で見た世界一周の旅募集のポスター。経費は163万円だ。計算してみると非正規社員として働く給料1年分である。よし、1年間で163万円貯めてやろうじゃないか。世界一周の旅に出よう。 やがて大学時代の友人・りつ子が娘・恵奈を連れてナガセの家に居候する。りつ子は離婚調停進行中である。ナガセと恵奈、ナガセとりつ子、ナガセと母親、ナガセと他の女友だち、それらが日常の営みとして淡々と描かれる。ドラマチックではない。淡々と、しかし退屈ではない、しつこくもなく、淡々と、それでいて読ませる内容だ。さすが、芥川賞受賞作。 終盤、長くしつこい咳が続く。ここに来て一挙に急展開か。結核か、肺炎か。急転直下、そんなことで主人公が死んじゃうのか。まさかとは思うがそんな予測までさせる思わせぶりな咳、咳、咳。寝てもいられないほど咳が続く。もちろん仕事も休む。 しかし、これも何のことはない、ただの風邪だった。この小説はどこにヤマがあるのだ、いったい。さすが芥川賞。 |