朱川 湊人
2005年9月8日(木) 第133回直木賞受賞作「花まんま」(朱川湊人・著)を読む |
文藝春秋社の「オール讀物9月号」に今年下半期発表の直木賞受賞作が掲載されている。朱川湊人(しゅかわみなと)作の「花まんま」である。全6篇中3篇だけだが、あとの3篇は単行本を買って読めということらしい。前回の「対岸の彼女」(角田光代・著)の場合もそうだったが、「オール讀物」には直木賞受賞作が、「文藝春秋」の芥川賞受賞作のように全篇に亘って掲載されることはないようだ。長さの都合でカットしているのか。しかし、「文藝春秋」には、芥川賞受賞作が、たとえ2作品同時受賞でも、2作品ともフルに掲載される。同じ出版社であるのにこの違いは何だろう? 掲載されている3作品とも昭和40年代の大阪が舞台となる。過ぎ去った幼い日々を思い出し、日常の何気ない生活の中の幽霊や、生まれ変わり、小動物への化身(ちょっと表現が違うかな)、つまり超自然現象がテーマである。しかしホラーではない。おどろおどろしい作品ではなく、さりげなく、読後感はさわやかである。ラストに涙を流す人もいるだろう。 「トカビの夜」では超常現象に人種偏見が絡む。トカビとは朝鮮のお化けみたいなもの。いたずらばっかりする子鬼のこととか。死んだチェンホがトカビになって「私」に会いに来る、そんな物語である。今まで味わったことのないような読後感である。この作者の感性は何なんだ。3篇の中でも最も涙を誘う作品であろう。 「花まんま」。妹のフミ子(小2)がある時から変になった。彦根という地名を紙に書き、習ったことのない漢字で、誰とも分からない人間の姓名を書く。さらに同じ苗字で家族らしい人間の名前も。言葉遣いも小学2年とは思われない大人びた言葉を遣うようになった。突然、自分は誰かの生まれ変わりだと言い出す。これも奇妙な物語である。そんなこともあるのか。しかし静かな語り口であるが説得力がある。ストーリーが絵画的である。「花まんま」とは、読むまで何のことか分からなかったが、なるほど、そのままの意味である。 「凍蝶」(いてちょう)。冒頭に、兄が話して聞かせる怪談「鉄橋人間」は良かった。そのまま「鉄橋人間」にまつわる物語かと思っていると、話は全く別の方向に展開する。「鉄橋人間」でそのまま話を進めてもいいのに。素晴らしい導入部であると思う。8歳の少年と18歳の娼婦とのお墓デートが楽しい。木にとまって越冬する蝶があるのだそうだ。まるで蝶のなる木。特攻隊員は死んでほたるになって舞い戻ってくると言われるが、この蝶は誰の生まれ変わりだったのか。 |