夏樹 静子


2012年10月24日(水) 「見えない貌」(夏樹静子・著)を読む 
 前半と後半が趣きをぐっと変える長編。文庫本で660ページもある。
 前半はネットにはまりメル友に殺された娘と、その復讐に走る母親の行動を描く。視点は母親・朔子だ。犯人と思しき人間との対決はかなりスリリング。夜中の2時、3時でも読み続け、寝不足になる。
 後半は一転、加害者の弁護人タマミの視点で描く法廷小説。殺された母親・朔子の、「私は決して娘の復讐を遂げに行くのではない。自分の手で犯人を殺すつもりはない」という彼女の言葉は真実なのか。
 前半では残酷な殺人犯として描かれる人物・永沢。後半では彼を弁護する弁護士タマミの視点から描かれ、殺人犯がいつの間にか息子思いの気のいいお父さんになっていた。このギャップは最初、相当居心地が悪い。これでは殺された(?)母親の無念は浮かばれない。
 例によってどんでん返しがあるが、ある程度は読める展開である。ラストにもう一度あるぞと思って読んでいくが、タマミがある人物にたどり着くも、それ以上のサプライズはなし。最後の一文にある「真実の新たな可能性」って何なのだ。消化不良気味の読後感である。
 母親の究極の愛は犯人を死刑に処すること、だからそのためには「自分も殺させる」ということだが、無理がある。犯人・永沢は殺してないというし、逃げれば逃げることができた時間も問題だ。ラストでもこの説明が十分になされていないのでは?
 出会い系サイトの危なさは十分に分かるが、23歳の主婦があそこまでのめり込むか。高校生が年齢を23歳に偽り、実際に会って違和感なく交際していけるのかなど、つっこみどころもある。
 ケータイの1ヶ月の料金が5万円にもなったり、プリペイド式ケータイが出てきたり、古い感じは否めない。    
   
2010年2月13日(土) 「訃報は午後二時に届く」(夏樹静子・著)を読む 
 「二転三転の展開と鮮やかなトリックで魅了し、日本推理史に輝く名作!」とある宣伝文句。日本推理史に輝くとは少しほめ過ぎではないかなと思う。聞いたことはない.。が、確かに面白いことは面白かった。
 夜の間違い電話からはめられた男、大北がいる。アリバイが消され、状況証拠は十分だ。決定的な物証も発見され、大北は全国に指名手配される。行方をくらます大北。死体が上がらないという田沢湖で自殺か。いや偽装自殺かも知れない。
 そして午後二時に妻に送られて来た物とは?まず大北を預かっているという脅迫状。身代金も要求している。さらに切断された小指も宅配される。
 法医学的に検証された結果、その小指は大北の指に間違いなかった。さらに、生体から切断された物ではない、死後切断であるとも判明する。つまり大北は死んでいるのだ。殺されたのか。警察の捜査は遺体発見に向けた捜査となる。
 しかし、ここからさらに、大北らしい人間による第2の殺人が発生する。大北と背格好の似た人間も登場する。ご丁寧に名前まで名乗る。声まで似ているという。読者は混乱する。大北は死んだはず。何より法医学が証明しているではないか。
 なるほど二転三転の展開だ。そもそも探偵役は誰なんだ。間違い電話をかけた重要人物が誰だかは途中で分かる。犯人像も浮かんでくる。自分の推理もまんざらではないかもと自慢したくなるが、解決編を読んでもトリックが予想だにつかない。大北は生きているのか死んでいるのか。
 最後の最後で読者はびっくりする。読者をあざ笑うかのようにじらしてじらして、最後のページ566ページ、そしてラスト3行だ。やられた!こんなトリックもあったのか。全く気付かなかった。たった3行で解明されるトリック、短編にならあったかも知れないが、長編なのに、たった3行で解明されるトリック。さすが、夏樹静子である。
   
2008年1月12日(土) 「第三の女」(夏樹静子・著)を読む 見ず知らずの男女の嘱託殺人
 夏樹静子の作品には、「そして誰かいなくなった」や「Wの悲劇」など、クリスティやクイーンに挑戦するかのような題名の作品がいくつかあるが、決してパロディーではなく、きちんとした本格ミステリーである。この「第三の女」も、同じ題名にアガサ・クリスティの作品もある。読んではいないが、それとはまったく関係のない別個の和製ミステリーということだ。
 かなり面白い!良質の謎解きミステリーだ。導入からラストのどんでん返しまで全く退屈することなく読めて、読んだ後の満足度も高い。英訳と仏訳され、89年フランス犯罪小説大賞を受賞したそうだ。さすが。
 導入は極めて異常なシチュエーションだ。パリ郊外、パルビゾン村の古びたホテルのレストラン。客は別々の席に座る日本人の男と女、2人だけ。ロマンチックな雰囲気が漂う中、男性が女性の後ろから声をかける。顔を合わせることなく、そのまま情緒溢れる会話を続ける。雷鳴の後、突然の停電。暗闇の中で、高ぶった2人は夢のような男女の契りを結ぶ。
 事後、「殺したい人間がいる」が2人に共通の会話だった。暗黙の契約はお互いの交換殺人だった。見ず知らずの男女、日本に帰国しても接点のない男女だ。お互いがアリバイを完璧にする日程で殺人を行えば不審がられることもない。停電はまだ続き、お互いに顔も知らないままレストランを後にする。あまり現実的ではない導入であるが、すぐにグイグイと引き込まれる内容だ。
 本格物であり、倒叙ミステリー(犯人の側から書く推理小説。当然、犯人は最初から分かる)の部類に入るだろう。2つの殺人事件が起こるがもちろん犯人はあの2人のはずであり、お互いの嘱託殺人であるに違いない。ストーリーは男性の側から書かれる。あのパルビゾン村の暗闇レストランの女性はいったい誰なんだろう。鮫島史子と名乗っていたが本名なのか。彼女に会いたい。
 「第三の女」という題名である。史子は成瀬フミコなのか(第一の女性)。残念、違った。第二の女とは誰?久米悠子らしい。彼女こそが夫を亡くした、いや殺された鮫島史子になりうる女性だ。しかし「第三の女」という題名だから、鮫島史子である第三の女性が他にいるのだろうか。果たしてあの晩、男と暗闇の中で情を交わした女性は誰なのか。
 意表を突くラストである。賢明なミステリーファンなら気付きそうな史子の正体であるが、残念、僕には予想がつかなかった。 
   
2004年11月16日(火) 「Wの悲劇」(夏樹静子・著)を読む 薬師丸ひろ子主演で映画化されたが。。
 昔、薬師丸ひろ子主演の角川映画、「Wの悲劇」を観た覚えがある。薬師丸ひろ子は「戦国自衛隊」から(多分)数年後、かわいい盛りの女の娘?だった。原作を読まずに観た映画であるが、面白さはイマイチ。薬師丸ひろ子の人気で盛り上がっていた映画だったと思う。
 薬師丸の役柄は演劇の研究生で「Wの悲劇」の主役を選ぶオーディションを受ける女性。つまり夏樹静子の原作をベースにしたとは言え、原作を読んでみるに、原作とは全く違う映画だったように思う。劇中劇で「Wの悲劇」が扱われるだけだった。
 何度も書いていると思うが、私の大好きな、いわゆる「吹雪の山荘」ものである。外界から完璧に孤立した「吹雪の山荘」で次から次へと起こる連続殺人事件。犯人は限られた山荘内の人間。果たして誰なんだ?そしてまた一人犠牲者が。。たまらないねえ、このシチュエーション。手を変え品を変え、様々な「吹雪の山荘」ものがあるが、いつ読んでもわくわくする。
 しかし「Wの悲劇」はいつものパターンと少し違う。被害者は一人だけ。連続で殺人事件が発生しない。しかも犯人はすぐに特定できる。22歳の女子大生摩子である。彼女を救うために、また和辻家の名誉のために、山荘内の8人が偽装工作をするが、秘密を警察にばらそうとする人間もいるようだ。
 ということは、つまり、最初から犯人も犯行の方法も示される、いわゆる倒叙ミステリー(「刑事コロンボ」でおなじみ)か。ところが、どっこい、そんなに単純ではない。数学でいう未知数は、X、Y、Z。そして4番目の未知数がWであるという。摩子の犯罪と思わせ(X)、ストーリーの展開上、Yであるとミスリード、さらにYを救うためのZの犯行だった。しかし、しかし罠はまだあった。実は4番目のWの犯行であることがラストに判明する。
 「Wの悲劇」はもちろん、エラリー・クイーンの「Xの悲劇」、「Yの悲劇」、「Zの悲劇」を強く意識して書かれたものである。夏樹静子はエラリー・クイーンと親しかったそうだ。夏樹静子にはまた、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を意識して書いた「そして誰かいなくなった」も書いている。これもなかなかの本格物である。本家本元と肩を並べるくらいおもしろかった。
   
2001年12月3日(月) 「そして誰かいなくなった」
 「そして誰かいなくなった」が昨日、上郷町の自宅から出てきた。2週間ぶりぐらいである。7人のうち4人までが殺されたところまで読んでいたものだ。残りはあと3人、そして結末は?アガサ・クリスティの名作、「そして誰もいなくなった」と比較してどうなんだろう?興味は尽きない。早速、フロドク(風呂読)。読み終えて一人でニヤリ。なるほど、なるほど。この小説が一人称で手記の形式をとっている訳がわかった。
 一人称で書かれているってことは、この主人公は、絶対死んだり殺されたりしないはずだ。じゃあ、6人がいなくなって(殺されて)、最後に残るのは、一人称で物語を進めるこの桶谷遥自身なのか。でも彼女が殺人者になるなんて考えられない。クリスティの作品では10人がすべて殺されてしまうか自殺してしまう結末だったが、この作品では。。いやこの本に限っては、推理小説ではすべてだが、ネタばらしは絶対に許されない。書きたいがそれはルール違反。興味を持った人は自分で読むべきである。できればクリスティの本を読んでからこちらを読んだ方がよい。
 インディアン島にインディアナ号、U.N.オーエン氏(アンノウン=Unknown氏)と宇野氏、1人殺されるたびに消えてしまうインディアン人形と干支の置物、招待客全員の過去の秘めたる罪、それを告発する謎の声、孤島とクルーザー内という言わば密室殺人など、題名以外にもクリスティの古典的名作との共通点は多い。こんな例は他にもあるのだろうか。
 とにかく、推理小説、それもパズル的推理小説の醍醐味を味わった。夏樹静子はやはり大御所と言われるにふさわしいミステリー作家である。あのトリックの天才、アガサ・クリスティに挑戦するんだから、並大抵ではない。

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