中山 七里 

 
2018年1月11日(木) 「テミスの剣」(中山七里・著)を読む  
 テミスとはギリシャ神話に登場する女神で、法や掟を司るとされる。テミス像は手に天秤と剣を持ち、天秤は正邪を測る「正義」を、剣は「力」を象徴し、「剣なき天秤は無力、天秤なき剣は暴力」、と西欧では伝えられているそうだ。つまり、「テミスの剣」は、”正義を行うために必要な力”を意味しており、本書ではその力が冤罪を生むというストーリー。天秤なき剣は暴力と化すのだ。
 無実の人間が逮捕され死刑判決を受ける。でっちあげの証拠と強要される自白によるものだったが、裁判官の判決も当然のごとく死刑。しかし、殺人犯とされた男は拘置所で自殺する。
 5年後、別の殺人事件で逮捕された男が真犯人だった。つまり獄中自死の男は冤罪だった。それを知り、苦しむ当時の刑事と裁判官。警察組織は事実を隠そうとするが、ただ一人5年前に自らも冤罪の男を取り調べた渡瀬警部が自分なりの「天秤」で測り、執念で「剣」を振り落す、つまり正義を貫き通すのだ。
 再審請求されている事案は多い。また再審請求により無罪放免になった元死刑囚も現実にいる。こんなにも簡単に冤罪が成立するものなのかと恐ろしくなる。「それでも私はやっていない」、そう叫んでもむなしく収監され、やがては死刑判決を受ける。こんな恐ろしいことが起こることの怖さを感じた。
 中山七里の作品を2作品続けて読んだ。今まで、当ページのミステリーリンクで見ると、中山作品は過去に4冊読んでいる。感想を見ると、「アポロンの嘲笑」が最高だったと思える。「テミスの剣」もそれに続くかと思われるほどの重厚なエンタテインメントである。難しい表現や長さが気になるが、読んで後悔しない作品である。  
    
2018年1月10日(水) 「ハーメルンの誘拐魔」(中山七里・著)を読む  
 「ハーメルンの笛吹き男」という童話がある。よくも覚えているものだと思うが、小学生の頃紙芝居で見た(記憶がある)。ドイツのハーメルンにネズミが大繁殖し人々は困っていた。そこに現れた笛吹き男。報酬をくれるならネズミを退治すると持ちかけた。ハーメルンの人々は男に報酬を約束した。男が笛を吹くと町中のネズミが男の元に寄ってくる。男はそのままネズミを川に誘導し、すべてのネズミはおぼれ死んだ。
 しかし人々は男との約束を破り、男に報酬を払わなかった。怒った男は再び笛を吹きながら街を歩くと、不思議なことに、今度は町中の子どもたちが男について来た。男は子どもたちを山の中に連れて行き〜。
 ハーメルンの笛吹き男はしばしば子どもを誘拐する象徴として小説に登場する。「ハーメルンの誘拐魔」でも”笛吹き男”は7人の子どもを誘拐する。6人は子宮頸がんワクチンを接種しその副反応に苦しむ子どもたち、一人は子宮頸がんワクチン接種推進派の急先鋒、日本産婦人科協会会長の一人娘だった。身代金はなんと1人10億、計70億だ。
 まさか本気で70億円を奪おうとするのか、この犯人は。7億円だって無理だ。1万円札は1gだから1億円で10キロ、入れ物を含めなくても7億円なら70キロになる。ましてや70億円。700キロなら軽トラ2台(積載量制限350キロ)が必要になる。これをどうやって奪おうとするのか。さらに医療行為が必要な子どもも含む7人の子どもをどこに匿っているのか。全員を殺しているのか。
 ありえないようなストーリーだが、犯人は1人で、取り囲む大勢の警察を翻弄し、まんまと70億円を奪取することに成功する。いったいどうやって。気になる方はどうぞ読んでみてください。まさかの展開に驚くことでしょう。
 子宮頸がんワクチンの副反応について初めて知った。30代後半の女性が発症のピークになる子宮頸がん。毎年約1万人が新たに子宮頸がんになり、約3千人が亡くなっているという。子宮頸がんはワクチンで防げるが、副反応を訴える声が大きくなり、予防接種の推奨は事実上とん挫した。
 繰り返し起きる手足や全身のけいれん、「自分の意志とは無関係に起きる」という不随意運動、歩けない、階段が登れない、時計が読めない、計算ができない、そして、ついには母親の名前すら分からなくなった記憶障害など、その副反応は悲惨だ。
 「ハーメルンの誘拐魔」は誘拐ものというジャンルのミステリーであると同時に、子宮頸がんワクチンの副反応をテーマに据えた社会派ミステリーである。賛否両論ある問題を現実の団体や事例も参考に描かれている。子宮頸がんの予防には絶対的なワクチンであり、厚労省は中高生に接種を推奨するが、果たして受けるべきか受けない方がいいのか。 
 
2016年7月17日(日) 「恩讐の鎮魂曲(レクイエム)」(中山七里・著)を読む 
 特別養護老人ホームで起こった殺人事件。被疑者は入所者の男性で、思いがけなくも御子柴の医療少年院時代の恩師。自ら犯行を認めているのだが、それに納得できない御子柴が、無理矢理弁護人をかって出る。
 100%勝ち目がない裁判をかって出たが、状況はやはり厳しい。
 それでも、調査により事実が次々に判明する。ホームの実態(虐待)、恩師・稲見や他の入所者、職員達の過去。そして無理やり感がぬぐえないが、あっと驚く人間関係。それも2組も。まあ、これもエンタテインメント。ただし、中盤の中だるみに、もう読むのをやめようかと思った時もある。一気読みができない最近、1週間後ぐらいに続きを読み、何ページも前に戻らなければストーリーが分からなくなる。
 しかし、終盤は小気味いい。ストーリーの展開もテンポよく、登場人物それぞれのキャラクターもよく表現されていて、二転三転の展開は、おお、そうくるか。少し涙も出そう。
 中山七里の作品はこれで4作目。法廷ミステリーであり、「追憶の夜想曲(ノクターン)」に続き、悪徳弁護士御子柴が主人公だ。悪徳弁護士が主人公であることに、違和感を持つも、読めば面白い。
 
  
 
2015年4月8日(水) 「月光のスティグマ」(中山七里・著)を読む  
 「愛しき初恋の女か、兄を殺めた冷酷な悪女か」、「どんでん返しの帝王が初めて挑んだ究極の恋愛サスペンス」、「阪神淡路大震災と東日本大震災ふたつの悲劇に翻弄された孤児の命運を描く」、いずれも帯に書かれるキャッチコピーである。 
 表紙のイラストに惹かれてしまうが、変な、アヤシイ内容の本ではない。それでも図書館員にこの本を持って行くのは気が引ける。が、中山七里の最新作であり、ぜひ読みたいと思い市立図書館から借りてきて読んだ。
 優衣と麻衣は一卵性双生児。全く見分けがつかない。幼ない淳平は2人の違いを発見しようとお医者さんごっこ。2人をすっ裸にしてくまなく調べる。しかしどこにも違いはなかった。これが導入部である。3人とも幼いとは言え、こんなことをするか。中山七里らしくない、ちょっと引いてしまったイントロ。
 淳平の兄が殺された。偶然見た”犯人”は優衣か麻衣のどちらかだった。そして阪神淡路大震災発生。優衣か麻衣のどちらかが死ぬ。生き延びたのはどちらだ?混乱の中で淳平たちは離れ離れになり、その後の消息はお互いに分からない。
 15年後、淳平は検察局特別捜査官になっていた。今追っているのは巨額の政治資金が絡む与党の大物政治家、是枝だ。金の動きを探るべくあるNPO法人にボランティアとしてもぐり込む。そこでばったり出会ったのは是枝の私設秘書(愛人?)、優衣。しかし、本当に優衣なのか。兄を殺したという麻衣ではないのか。
 すぐに2人は恋愛感情をいだき、敵と味方、スパイと敵の女という関係のまま、逢瀬を重ねる。中山七里の濡れ場表現が長い。ミステリー作家はふつう、恋愛を描かない。しかし、これは「恋愛サスペンス」なのだ。エロ作家じゃあないが、スポーツ紙のエロ記事のような濡れ場が執拗に続く。まあ、嫌なわけない。久しぶりにこんな恋愛モノを読んだ。
 そしてラストはアルジェリアに飛ぶ。そこでイスラム過激派のテロに遭う。優衣もアルジェリアに行っていた。そこで劇的に再会するも、テロの人質になってしまう。囚われの身でありながら、優衣が真実を告白する。
 テロリストたちがアルジェリア政府と交渉するが、3時間ごと人質が1人ずつ生贄となる。ついに優衣の番になった。淳平が彼女を守るべく行動をとるが、そんなことが通用する相手ではなかった。かなり緊迫する場面である。
 そして、あっという間に終幕を迎える。尻切れトンボみたいな終わり方である。是枝の巨額の政治資金問題はどうなった。どんでん返しの帝王らしからぬ、どんでん返しはなかった。ハッピーエンドでもないし、まあミステリーとして読めば不満が残るが、恋愛ミステリーとして読めば濡れ場シーンなども長く満足するであろう。  
   
2015年3月1日(日) 「追想の夜想曲(ノクターン)」(中山七里・著)を読む  
 消してしまったようだ、侍浜日記からも消滅。
   
2015年2月11日(水) 「アポロンの嘲笑」[中山七里・著)を読む  
 3・11東日本大震災の5日後に殺人事件が発生する。犯人も被害者も福島第一原子力発電所で危険な仕事をする作業員だった。
 仁科係長などが犯人を移送中に大きな余震が発生する。その混乱に乗じて犯人は警察車両から逃走する。手錠を掛けられたままだ。追っ手から逃れ、極寒の山を越え谷を越え、犯人・加瀬邦彦はどこに行こうとするのか。それはある目的を遂行するため命を懸けた行動だった。
 ストーリーは加瀬パートと警察パートが交互に展開する。時々加瀬の生い立ちが描かれる。彼は幼少時、阪神淡路大震災で両親を失い、彼だけが奇跡的に救出された。十数年後、今度は東日本大震災を経験する。仕事をしていた福島第一原発も地震と大津波により破壊され、被害は甚大である。周辺自治体には大規模な避難命令も出される。核燃料プールに注入される冷却水も止まり、メルトダウンが始まった。
 そんな混乱の中で殺人事件。容疑者・加瀬邦彦はすぐに逮捕されたが、彼にはやるべきことがあった。守るべき人もいた。ここで捕まるわけにはいかないのだ。
 数奇な運命に弄ばされた男、加瀬邦彦。生きる希望などないに等しかった加瀬が、絶対にやらなければならないミッションとは何なのか。なかなか作者はその秘密を明かさない。公安が警察の1歩も2歩も先を行っているが、公安が動いているということは国家に関わる犯罪なのか。たとえばテロとかクーデターとか。
 追う者(仁科係長)と追われる者(加瀬)のスリリングな逃走劇が続く。ページを止められない面白さだ。特に加瀬パートの過酷なサバイバル劇は十分にスリリングでありサスペンスフルだ。
 実はこのミステリー、期待しないで読み始めたが、ほんとうに面白かった!と思える、そして涙を禁じ得ない作品だった。中山七里をいう作者を初めて知ったが、この後も読みたいと思わせるに十分なエンターテインメント作品だった。本を読みながら口元を手で覆うほど心を揺さぶられるミステリーは実に久しぶりのことだ。
 加瀬は逃走中、何度も何度も絶体絶命の危機に直面する。余震や火事、空腹や寒さ、銃で2度も撃たれ片方の足はほとんど使いものにならない。検問中の警察官に見つかり格闘もする。野生化した大型犬にも襲われる。まさにこれでもかというほどピンチの連続である。もがき、あがきながら、それでも冷静に対処しながら目的地に近づく。やはりそこは大熊町、福島第一原子力発電所だった。
 ラストの緊迫感あふれる彼の行動はもう祈るしかなかった。そこまで行く間に男と男、男と女の行動や会話に涙が出る。映画化されるかも知れない。ぜひ映画化してほしい作品だ。日本版「ダイハード」。絶対にヒットまちがいなし。主人公は、若い頃の高倉健ならぴったりだと思うが。  
 
 

Hama'sPageのトップへ My Favorite Mysteriesのトップへ