森 絵都
2006年9月4日(月) 第135回直木賞受賞作「風に舞い上がるビニールシート」(森絵都・著)を読む |
芥川賞が純文学の新人に与えられる賞、直木賞は大衆文学の新人に与えられる賞ということだが、最近は両者の境界はきわめてあいまいである。今回の芥川賞受賞作「八月の路上に捨てる」(伊藤たかみ・著)が純文学で、直木賞の「風に舞い上がるビニールシート」(森絵都・著)が大衆文学だ、と言われてもピンとこない。 そもそも大衆文学とは何だ?時代小説のことを大衆小説と読んでいた時代があった。いや、今もそうかも知れない。しかし直木賞はもちろん時代小説に限るというものではない。言えることはより娯楽性の高い作品に与えられるのが直木賞ということか。東野圭吾や宮部みゆき、乃南アサなど、推理小説作家も受賞している。昨年の直木賞受賞作「容疑者Xの献身」(東野圭吾)は本当に面白いミステリーだった。東野圭吾は新人であろうはずがないが、「大衆文学の新人に与えられる」という定義も曖昧になってきているのだろうか。 森絵都(もりえと)の受賞作「風に舞い上がるビニールシート」と「ジェネレーションX」の2作品を「オール讀物」(文藝春秋)で読んだ。同じ作家の作品とは思われない内容、文体であり、それぞれに独特の味があった。「風に〜」は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に就職した女性とアメリカ人エドとの出会い、結婚、離婚を描く。一般には知られていないUNHCRの活動をよく調査して書いたようだ。しかし、また、出会い、結婚、離婚かと思った。つい何日か前に読んだ芥川賞受賞作「八月の路上に捨てる」も同じ題材を扱っていたからだ。 UNHCRの専門職のエド(ワード)は1年の大半を難民キャンプなどの現地つまりフィールドに出向く。結婚はしたものの里佳とのすれ違いが続く。やがて結婚生活に求めることがお互いにずれてきて、離婚。その後、エドがフィールドで死亡との報告が届く。それに対して里佳の決意とは?ラストのこの里佳の決意がよく分からない。この心境の変化の意味するものとは?読みが浅かったのか。 「ジェネレーションX」では、10年後の再会を約束した高校野球部員9人が、明日その日を迎えるという1日の出来事がケータイ電話の一方的会話を通して生き生きと描かれる。この小説でもラストが気が利いている。仕事か野球かという決断を迫られるラストの数ページから一気に面白さがアップする。健一の昔のことが判明するあたりも、いやあ憎いねえと思わせる展開に満足だ。 両作品に勝るとも劣らず娯楽小説的なのが作者の自伝エッセイ(受賞者が語る直木賞受賞までの軌跡)、「父に捧ぐ」である。もちろん単行本にはない、「オール讀物」版ゆえのおまけであるが、これ自体が立派な短編小説になっている。小説家にとって波乱万丈の生活というのは書く題材が身近にどっさりあるからいいもんだと思える、笑えて心にジンとくる自伝エッセイである。これを読んでから作品を読むとまた違った味わいになるかも知れない。 |
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