五十嵐 貴久
2010年11月10日(水) 「Fake」(五十嵐貴久・著)を読む |
![]() 昌史のメガネに超高感度マイクロカメラを植え込み、受験会場の一橋大学付近に停めたワゴン車の中で、骨伝道スピーカー(音は絶対に外に漏れない)を通して昌史に指示を送る。昌史は宮本の指示に従い、正答の番号をマークするだけだ。 問題を解くのは美貌の現役東大生、加奈だ。遠隔操作により昌史のメガネから試験問題を撮影し、即プリントアウトし解答作成。センター試験9割超を取ることができる加奈にとって、東京芸大のためのセンター試験は、時間が多少制限されても、プリントアウトが多少鮮明さに欠けても問題ない。加奈の解いた答を宮本が順次昌史に伝える。 計画は順調に進行する。完璧だ。しかし、彼ら3人に罠が大きな口をあけて待っていた。はめられた。警察に逮捕される3人。拘留は数日間で済んだが、代償はあまりにも大きかった。宮本は興信所をたたみ、加奈は東大を放校され、昌史は東京芸大進学への道は閉ざされた。都議員の昌史の父親も議員を辞職する。あれ、おかしい。カンニング工作を頼んだ昌史の父親が都議員だったか?いや、違う、じゃあ、あの人物はいったい誰だったのだ。 この小説はここまででも十分に面白い。読みやすい文章でメリハリが利き、登場人物のキャラも際立つ。特に東大生の加奈がいい。彼女は東大を退学させられ、この後の人生はどうなるのだろう、読者の同情も買うが、加奈はそんなことおかまいなし。次に始まる復讐劇のブレーンとなるのだ。 4人を嵌めたのは高級カジノバーを経営する沢田だった。4人は練りに練った復讐の計画を実行に移す。実に総額10億円を賭けたイカサマポーカーだ。ポイント箇所に隠しカメラを設置し相手の札を読み、骨伝道スピーカーからプレーヤーに指示を出す。対決するのは復讐すべき人物、沢田と、昌史の父、元都議員だ。さあ、この勝負はどうなる。 名作「スティング」(監督:ジョージ・ロイ・ヒル、出演:ロバート・レッドフォード、ポール・ニューマン)を髣髴させるサスペンスとどんでん返しがある。特にラスト、物理的大どんでん返しが用意されている。力技であり荒業だ。実際あんなことが可能かどうかは抜きにして、純粋にこの小説を楽しんで読もうよ。 映画「スティング」と比べてどうのこうのという人がいるが、どだい映画と小説であり、比べるものではない。それでも「どっちが面白い?」、といわれたら、そりゃあもちろん、「スティング」さ。でも、比較されるほど、この小説も面白いということ。 |
2007年9月4日(火) 「リカ」(五十嵐貴久・著)を読む 出会い系サイトへの警鐘か |
五十嵐貴久のデビュー作であり、第2回ホラーサスペンス大賞受賞作だという。彼の作品では「交渉人」という犯罪ミステリーを読んだが、その面白さは十分に堪能できた。次に読んだのがこの「リカ」。幾分ジャンルが違うが、この作品も面白いし、そして怖い。 妻子があり、妻子を心から愛している、どこにでもいる平凡なサラリーマン、本間。そんな彼が、ちょっとした好奇心から始めた出会い形サイトで、リカという女性と知り合う。何度かメール交換をした後、不純な思いから本間はケータイ番号を教える。それが恐怖の始まりだった。リカのストーカー行為は常軌を逸するものだった。ゾクゾクする展開。 よくありがちな設定である。出会い系サイトで2〜3度会ったとしても、普通の女性なら簡単に別れられるだろう。しかし、リカは普通の女性どころじゃなかった。狂人、多重人格者、偏執狂、死体を切り刻む殺人者、異常体臭・口臭の持ち主、そして何よりも、銃で胸と腹を打たれても死なない、タクシーと競走できる走力の持ち主、つまり、超人間、いや化け物、怪物なのだ。こんな女にストーカー行為をされたらたまったもんではない。 そしてリカの外見は、背が高くやせ細って、肌は泥色、目は白目がない。髪は長くて、顔半分にいつもマスクをかけている。作者はリカのイメージを昔、流行った口裂け女のイメージにしたようだ。なぜか声だけはかわいい。 リカは、まさに神出鬼没で、会社に進入しパソコンの設定を変えたり、本間の自宅のドアに髪の毛を貼り付けたり、家族の様子も逐一知っているようだ。メールや電話を執拗に送り続け、自宅のファックスには卑猥な映像を送ったりもする。そして、ついに本田の一人娘にもリカの触手が伸びる。 本間の馬鹿さ加減にいらいらしつつも、リカの恐ろしさが尋常ではなく、寝不足になろうとも読むのが止められない。雇った探偵も殺され、ベテランの刑事もリカの恐ろしさに異常な精神状態に陥る。果たしてリカの正体は?そしてどんなラストなのか。まさかハッピーエンドはないだろう。文庫本には単行本にはなかった”衝撃のエピローグ”が加筆されたというが、果たしてその衝撃とは。 後半を昨夜いっきに、どどっと読み終えた。その”衝撃のエピローグ”に若干不満は残るが、まあホラーのラストってだいたいこんなもの。リカは今もどこかに生きていて次の獲物を探しているのだろうか。インターネット出会い系サイトの怖さを教える良い教材である。 五十嵐貴久。あと数冊は書いていると思うが、3冊目も是非読んでみたいと思わせる作家である。ミステリー、ホラーに続き、次は同作家による、時代劇か青春モノか。 |
2007年5月30日(水) 「交渉人」(五十嵐貴久・著)を読む この緊迫感は一級品 |
最近愛知県で起こった拳銃を持っての立てこもり事件。人質(犯人の息子たち)が打たれ、警官が撃たれ、動けなくなった警官は5時間も放置された。その警官の救出に向かったSAT隊員も打たれ、残念なことに帰らぬ人となった。 SATとはSpecial Assault Team(特殊攻撃部隊)。テロや人質救出のために特別に訓練を受けている精鋭部隊だ。そんなSATの1人が結果的に犠牲者となり、これは完全に警察の失態と言われても仕方がない。 「人質は無事に、1人の犠牲者も出さずに、犯人を生きたまま逮捕する」。これが人質立てこもり事件の望ましい解決である。 1ヶ月ほど前の東京町田市で起こった立てこもり事件では、人質は無事だったが、警官突入の際に犯人は銃で自分の頭を打った。だが、警察の発表では、それは突入の前に起こったこととして、突入と発砲(死ななかったらしい)の因果関係を認めてないようだ。真実は分からないが、警察のメンツに関わる微妙な時間差なのだ。 さて、実際に起こった2つの銃立てこもり事件の後に読んだ、この「交渉人」。警察官の教材にできるほど交渉のノウハウを教えてくれる本である。犯人と対峙し連絡を取り合う方法、心理分析、禁則事項など、とても、とても詳しい。 「君たちは完全に包囲された。無駄な抵抗はやめておとなしく出てきなさい」。これはもはや過去の遺物(浅間山荘事件の頃?)であるのだ。犯人の家族を連れて来て、「あなたー」や「○△ー」(息子などの名前)と、叫ばせるのも禁止なのだ。 ここ数年で一般にも知られるようになったネゴシエーター(交渉人)。洋画、邦画を問わず、ネゴシエーターの活躍を描く映画も作られ、その役割もクローズアップされるようになった。この本では、病院を占拠した3人組の犯人と、アメリカFBIで本場の研修を積んできたベテラン交渉人石田の対決がスリリングに描かれる。臨場感があり、張り詰めた空気がビンビンと伝わってくる。途中で読むのを止めていても、早く次が読みたい、早く注ぎが。。こんなはやる気持ちを抱かせてくれる、純粋に面白いと思う小説は久しぶりだった。 真似されると困るだろうが、犯人たちは実にうまい方法で、人質を楯に身代金を奪って逃走する。なるほどこのやり方だとまんまと警察の目をごまかせる。人質は殺す必要があるが。 そして、ラストで判明する意外な真犯人。この本は単なるクライムストーリーではなかった。大どんでん返しに誰もが声を挙げるだろう。これぞミステリーの醍醐味。さらに欲張りなことに、この本は社会的な告発小説でもあった。病院を占拠した訳が判明するラストに、恐ろしいある社会の病巣を告発していることが分かる。しかし、かなり強引な終焉である。このラストに少し不満を持つ読者もいるだろうが、驚愕と感動のラストと言って悪くないラストである。 |
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