朝倉 卓弥
2009年12月26日(土) 「北緯四十三度の神話」(朝倉卓弥・著) |
![]() 姉菜穂子大学助手、妹和貴子ラジオ局アナウンサー。仲のいい姉妹ではあるが、あることをきっかけに時に距離を置き、やがてボタンの掛け違いのように微妙に心がすれ違っていく。そんな姉妹2人の機微を繊細に描き、ネタバレごめんね、ラストはハッピーエンドだ。安心して読んでいい。 「四日間の奇蹟」同様、作者は音楽にも造詣が深い所を見せてくれる。深夜放送、和貴子のディスクジョッキーの場面だ。姉とは全くキャラクターの違う妹が今風のしゃべりでかける曲を紹介する。この選曲がたまにマニアックだ。ネーネというバンドの「ロックバルーンは99」なる歌、お分かりですか。僕はバンド名も曲も聞いたことがなかった。ドイツ語詞で全米ナンバー・ワンを獲得した曲なんだとか。 改めて朝倉卓弥の経歴を見ると、東京大学文学部を卒業後、レコード会社などに勤務しているという。なるほどそうだったのか。音楽に造詣が深いわけだ。東京大学文学部卒にも、なるほどそうだったのか。文体、内容が文学的、つまり純文学というより準文学ってこと? 「四日間の奇蹟」は第1回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品だった。あの作品がミステリーかどうかは意見の分かれるところだろうが、「北緯四十三度の神話」でもラストに近い辺りで、意外な人物の関係が分かり、おっ、この展開はミステリー?と思うところがある。姉と関わるある人物が実は妹と関わる〜だったのだ。よく読んでいれば途中で気づく設定になっていたが、僕は気がつかなかった。さりげなく名前を出していてくれたのにね。 読後感はさわやか。ストーリーは淡々と進みドラマチックな展開ではない。それを求める人には退屈かも知れないが、たまには女性作家の作品かと思われる、こんな小説もいいもんだ。 |
2003年2月11日(火) 「四日間の奇蹟」(浅倉卓弥・著) |
作者特有の文体があり、読んでいて妙に心地よく、ストーリーは切ないのに、ハヤリの言葉で表現すると”癒し系”ミステリーとでも言おうか。第1回(02年)の「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した作品である。 「このミステリーがすごい!」大賞とは何とも単純な、直接的なネーミング。昨年が第1回であり、つまり、できたばかりだが、面白半分の安易な賞ではない。株式会社「宝島」などが主催し、著名書評家により選考され、大賞受賞の賞金が、何と1200万円である。新人作家には大変魅力的な賞である。その栄えある第1回受賞者が浅倉卓弥なのだ。 しかし「四日間の奇蹟」はジャンル的にミステリーと言えるのか?ピアノが弾けなくなった音楽家と身寄りを亡くした知的障害を持つ少女が、たまたま慰問コンサートで訪れた病院で体験する4日間の奇蹟。それが事実としてたんたんと綴られる。どのページもその作風による浅倉卓弥の世界が広がり、初めて読んだ作者であるが、もう何冊も読んだような親近感と安心感を覚えた。そしてラストの数十ページは胸が熱くなり思わず感涙。これこそエンターテインメントだ。 それにしても作者の高い表現力には目を見張るものがある。ベートーベンやドヴォルザークの名曲が本のなかから聞こえてくるようだ。ピアノを奏でる指先の動き、音、旋律、リズムなどを繊細に言葉で表現する。実際にピアノでその曲が弾けないと表現できないような専門性も。作者はピアノにも造詣が深いのか? 厳密にはミステリーではないと思う作品であるが、それでも「このミステリーがすごい!」大賞の受賞作だ。まさにその名の通り「すごい!」。文学的香り・色彩を帯びた第1級のエンタメ作品であろう。 |