有栖川 有栖

  
2017年4月4日(火) 「鍵の掛かった男」(有栖川有栖・著)を読む  
 2015年1月、大阪・中之島の小さなホテル“銀星ホテル”で一人の男・梨田稔(69)が死んだ。警察は自殺による縊死と断定。しかし梨田の自殺を納得しない人間がいた。同ホテルを定宿にする女流作家・影浦浪子だ。梨田は5年ほど、銀星ホテルのスイートに住み続け、ホテルの支配人や従業員、常連客から愛され、しかも2億円以上の預金残高があった。彼の死を解明するよう頼まれたのがミステリー作家の有栖川、それに探偵役、犯罪心理学者の火村だった。
 単行本で530ページを超える長編である。2、3日中に集中して読まないと疲れるが、私はいつものように細切れに、後ろに戻つつ読み進める。日数を掛け過ぎると面白さ半減となるが、それでもやっと昨日読了。作者によると有栖川・火村コンビのシリーズとしては13年ぶりだという。
 ミステリーを読む楽しさはラストの事件解明にある。登場人物が一堂に会し、探偵役の主人公が、「犯人はあなただ」とやるパターンである。この小説にもそのパターンは踏襲されるが、さらにラストに思わず涙が出そうになる。ラストの1ページでどんでん返しとか、ラストの数行で世界がひっくり返る、そんなラストの小説も多いのだが、この本のラストのひねり具合もいい。
 ラストの数ページでない。ラスト1ページでもラスト数行でも、もちろんラストの1行でもない。このミステリーにはラストのラスト、たったの漢字1文字にひねりが利かせてあるのだ。。この1文字で、えっ、そうくるのか、と読者は思う。なんと、ニクイ最後の1文字なのだろう。ラスト1文字で心が震える、そんな珍しい小説である。そのための530ページも読み続けるのだ。途中で投げ出さず、最後まで読み切り、満足である。 
  
2013年5月7日(火) 「乱鴉の島」(有栖川有栖・著)を読む   
 コテコテの(古典的)本格ミステリを読んだのは久しぶり。それも絶海の孤島モノだ。誰もいなくなるのか。いや、いなくなる(殺される)のは2人だけだった。犯人は当然限定される。子ども2人もいるが子どもは犯人から除外していいだろう。しかし、子ども2人のこの島での存在理由とは?2人はクローンなのか。いや、ちょっと考え過ぎだった。
 犯罪心理学者の火村助教授と友人の有栖川有栖のシリーズもの。4年ぶりの長編だと言う。最強の探偵コンビである。彼ら2人の掛け合いは面白く、本格モノにユーモアのテイストを味わえる。
 旅の途中、2人は手違いで目的地とは違う島に送られる。無数の鴉が舞い飛ぶ不気味な島だった。その名は黒根島。黒根はローマ字表記ではクローンと読める。作ろうと思えば作ることができるクローン人間だが、それがこのミステリのテーマのようだ。
 そこで二人は奇妙なグループに出会う。高名な老詩人と別荘に集まる彼の崇拝者たちだった。彼らはこの島に集まって何をしようとするのか。やがて起きる殺人事件、さらに第2の殺人事件が続く。犯人は彼らグループの誰かに限られる。それよりも彼らがこの島に集まって来た理由は何なのだ?
 文庫版あとがきによると、殺される1人、ハッシーこと初芝真路はライブドア社の元社長堀江貴文氏だという。ライバル社の社長も少しだけ出てくるが、だったら、彼は楽天の三木谷氏か。
 さらに同じあとがきには、「京都大学の山中伸弥教授らが、受精卵を必要としないヒトiPS細胞を生成する技術を開発し、世界的な注目を集めた」とある。これが書かれたのは09年12月9日。もちろん山中教授がノーベル賞を受賞するより前である。
 作者、有栖川有栖氏は、まるで数年後の山中教授のノーベル賞受賞を予言するかのような最先端の医療技術、それに時代の先端を走るアイティー寵児を絡ませながら、時代に先取りしたような、それでいて古典的ミステリーを完成させたのだ。
 ラストに犯人は火村によって名指しされる。もちろんグループの一人だった。しかし、いわゆるキャラの立つ人物ではない。まさかと思うでも人物ではない。最後に明かされ動機はさらにひどいもんだ。それまでのストーリーとは全く関係ない。島に集まってきたグループとも、集まってきた理由ともなんら関係ない、取って付けたような動機だ。本格ミステリなら最後まで力を抜かないでほしいと願うほどだった。    
   
2009年4月8日(水) 「幽霊刑事(デカ)」 
 「ゴースト〜ニューヨークの幻〜」みたいな推理小説だ。主人公は神崎達也。職業は刑事だ。美人で凄腕の同僚フィアンセ須磨子もいる。近々結婚する予定だ。ところが幸せ絶頂の神崎を、上司の経堂課長が「すまん」と言いながらピストルでズドン!神崎はもちろん即死だ。えっ、主人公がのっけから死んでしまうの?しかし神崎は幽霊となって事件を語り、探偵役として事件の捜査に乗り出す。
 神崎は幽霊だから何だってできる。空を飛び、窓をくぐりぬけ、バスにもタクシーにも只で乗れる。できないのは普通の人と話をすること。存在を認めてもらえない空気みたいなものだから当然だ。だが一人霊媒師みたいな後輩の早川とだけは話を交わすことができる。なぜ自分は殺されたか、またそれ以前に発生した同じ署内の警察官殺しの犯人は誰か。自分が殺されたことと関係があるのか。
 こんな設定でかなりの長編を引っ張る。ショートショートや短編ではない。おちゃらけでもない。幽霊刑事を主人公に本格的な長編推理小説、まじめな推理小説なのだ。さすがは有栖川有栖。洋の東西を問わず、今まで読んだことも聞いたこともないマンガみたいな設定で、よくぞ本格的な推理小説を書いてくれたものよ。
 幽霊刑事がラストは生き返るのか。まさかそんな奇想天外な結末ではない。人間が死ぬということは周りの何人もの人間が悲しむことだ。神崎の死に関しても同様だ。そんな関係者の所に自在に飛んでいける神埼。元恋人のベッドにもぐり込んだり、親が悲しんでいるそばに立ち潜んだり。おかしい場面もあるが、悲哀を感じる場面も多い。
 そして事件解決の後はまるでラブストーリー。思わず泣けてくるラストが用意されている。本格推理なのにラブストーリーか。これも本格物からするとルール違反であるが、ラストまで読んで良かったと思わせる。実は、あまりにもばかばかしいストーリー展開に、途中であきらめかけた小説である。
 主人公が有栖川有栖(つまり作者名)の推理小説を何作も書いている作者であるが、この幽霊刑事はこれ1冊で終わったようだ。やはり亜流、1度だけならまだしもシリーズ化しても売れないだろう。 
  
2008年9月4日(木) 「46番目の密室」(有栖川有栖・著)を読む 
 密室にこだわってミステリーを書いてきた推理作家が殺害された。それも密室で。彼が46番目の密室シリーズで発表しようとしていたトリックを使ったものなのか。舞台は北軽井沢の山荘。時はクリスマスイブ。登場人物は推理作家、編集者、臨床犯罪学者、被害者の妹たちだ。得体の知れないブルゾンの男も。
 いいねえ、この展開。さらに、容疑者らしい人間の足跡が雪の上にくっきりと残るが、山荘に入ったきりで出て行った足跡はない。密室の鍵は掛けがねを落とすタイプ。これだとセロテープと糸で簡単に密室が作れる。現場には長い釣り用テグスも落ちていた。作家殺害の動機を持つ人間は登場人物の中に何人もいた。残された謎のメッセージは何を表すものか。
 なんともまあ古典的、超べたな推理小説ではないか。いわゆる吹雪の山荘もの、クローズドサークルのミステリーだ。しかし、何度も当ページに書いてきた通り、これが私が一番好きなタイプのミステリーだ。登場人物2人のボケとツッコミも笑わせ、文章はサクサク読みやすい。綾辻行人(この本の解説を書いている)の館シリーズのように長くない、ちょうど良い分量(文庫本350ページ)でもあり、肩肘張らずに寝転がって読むのにちょうど良い。
 プロローグの浅間山麓のホテル火災。これが事件にどう関わってくるのか。後半に分かってくると、ぼんやりと犯人と動機が浮かび上がるが、そう簡単には解決編とならない。お決まりのどんでん返しもあるから油断できない。しかし動機につながるある事実が判明し、その伏線(ワープロの誤変換など)も分かった時り、その予想もしなかった事実にびっくりする。
 西村京太郎のトラベルミステリーなど1ページ目から殺人事件が起こるのも多いが、この「46番目の密室」ではなかなか殺人事件が起きない。百数十ページ読んで初めて第1の殺人事件が起こる。せっかちな人なら投げ出すかも知れないな。それにしても、あの2つ目の密室トリックは理論的には可能だろうが、実際には絶対に無理だよ。
 すべてが解明された後、「エピローグ」がある。”−終−”の後に「あとがき」があり、その後にまた「文庫版・付記」がある。最後に綾辻行人氏による解説がある。これらの”おまけ”が推理小説ファンのためにはうれしい内容となっている。心地よい余韻に浸れる。特に綾辻行人の文章は「ああ、いいなあ。素敵だなあ」と思う。 
  
2009年1月19日(月) 「マレー鉄道の謎」
 比較的短編の多い有栖川有栖の国名シリーズの中で、この「マレー鉄道の謎」がたぶん最長編。上下2段組みで350ページある。トレーラーハウス内の目張り密室殺人事件とダイイング・メッセージ。バリバリの新本格派と言われるミステリだ。もっとも、著者自身は「ただの本格ミステリ」(謙遜?)、そして「アガサ・クリスティとディクスン・カーとエラリー・クイーンの三大巨匠だけを意識して書いた」(尊大?)と、わけの分からないあとがきコメントを残している。
 取材旅行から完成まで4年半もかかったという力の入れようだ。メインとなる「粘着テープで窓やドアすべてを目張りしたトレーラー内密室殺人、さらに遺書もある」という難題に、さしもの火村(犯罪学助教授)もギブアップか。さらに登場人物3人を疑わせるダイイング・メッセージ(これは犯人によるミス・ディレクションなのか)も、いっそう事件の混迷を深める。
 目張り密室の解決方法の可能性について私も考えてみた。秘密の抜け穴ぐらいしか考えの及ばない貧弱な思考回路に(笑)、脳内年齢はすでに高齢化しているようだ。無理だよ絶対に。入り口1つと、窓も限られるトレーラーハウス内にそれ以外の抜け道があるはずがない。
 それではトリックの解決編を読んでみようか。わくわく。おっ、そんな手があったのか。う〜ん、文字通りの力技だった。矛盾はない。犯人はワン・フーを殺してある方法でトレーラーを密室にし外に逃げ出していた。内部をすべて目張りしたまま。しかし、あの方法は実際に(物理的に)可能なのか。まあ、かたいことはぬきにして純粋に本格モノを楽しもうや。Jackの秘密。おっとこれはネタバレ。
 で、犯人は思いがけない人物だったのか。作者はあまりに密室トリックに力を入れすぎたのか犯人像は平凡。たぶんこいつが犯人と思った人物が犯人だった(拍子抜け)。ただし動機や方法は分からないままのあてずっぽうである。それでも、悪人らしく描写された人間を犯人とするミステリはいかがなものか。まさかの犯人像判明がミステリのラストを読む醍醐味でもあるのだが。
 最初の方に登場する昆虫採集グループや生物学的薀蓄は事件の解決の伏線でも何でもなかった。だったらいたずらに長編化の原因ともなるこれらのパートはなくても良かった。ラストも引きずり過ぎる。もう少しぜい肉をそぎ落とし、読みやすい長さに編集しなおした文庫本(あればの話だが)を読みたいものだ。
  
2008年7月14日(月) 「月光ゲーム Yの悲劇’88」
 こんな日はミステリーがお似合いだ。今日読んだのは、古典的な吹雪の山荘モノ(クローズド・サークル)、読者への挑戦、そして犯人はあなたです。有栖川有栖(ありすがわありす)20代でのデビュー作品である。彼は以後、江神シリーズとして何作か発表している。「週刊文春2007ミステリーベスト10」で第1位に輝いた「女王国の城」(まだ読んでいないが)も、15年ぶりとかいう英都大学推理小説研究会の江神シリーズ。もちろんこれも舞台はクローズド・サークルのようだ。
 火山の噴火によりキャンプ地に取り残された17人の大学生。外部から孤立した中で3人が殺害され1人が行方不明となる。「Y」に似たダイイング・メッセージも残されていた。「Yの悲劇’88」という副題も付けられているから、犯人は山崎小百合か。火山は矢吹山だし、雄林大学もYがイニシャルだ。しかしラストに判明するこのダイイング・メッセージの謎は完全なるミス・ディレクション。犯人を示すものではあったが、ひねくりまわし過ぎ。
 最初の100ページほどは事件も起きず、お気軽な青春小説風だ。語り手(有栖川有栖という作者が主人公の1人という変わった小説)もある女性に想いを寄せる。古典的推理小説に恋愛はご法度ではなかったか。
 そして火山が噴火し、前後して女性一人が行方不明になる、3人の連続殺人が発生するという、クローズド・サークル内で異常事態だ。怪我人も出る。しかしシリアス調になるのは火山の噴火で逃げ惑う登場人物たちの描写の時だけ。それ以外は、登場人物たちはなぜか脳天気。緊迫感を感じていないようだ。サバイバル、冒険小説にもなる題材であろうが、青春小説、いや実はバリバリの本格ミステリー。この切り替えの速さは作者の若さゆえか。 
 
2003年3月25日(火) 「スウェーデン館の秘密」
 頭脳明晰な名探偵が登場する本格物である。雪の山荘(ログハウス)、美人画家姉妹の連続殺人、不可解な状況(煙突の謎、足跡トリック、アリバイ工作など)、そしてラストは関係者全員を集めて、「あなたが犯人です」。好きだなあ、このパターン。ワクワクする。本格推理小説の醍醐味である。
 「スウェーデン館の秘密」は有栖川有栖の国名シリーズの一冊である。同志社大学卒の有栖川有栖は京都大学卒の綾辻行人の作品(「どんどん橋落ちた」など)にもよく登場する。時にはパロディで時にはエピローグで。共に関西の大学出身、古典的本格ミステリー作家ということで親交があるのだろうが、どちらも読者の期待を裏切らない。
 本編の途中、パズル好きの等々力が、登場人物の一人でもある有栖川有栖にパズル(ひっかけクイズみたいなもの)を出す。有栖川は結局正解を得るに至らなかったが、(えらそうに言うのだが)私にはすぐに解けた。しかし、当然のごとく、ラストの犯人と足跡トリックなど、考えても考えても正解にはほど遠かった。
 解説を宮部みゆきが書いている。普通、解説は数ページであろうが、さすが、宮部みゆき、解説のページが14ページとかなり張り切って書いている。しかし張り切りすぎても、犯人や動機をずばり書くのはルール違反だろう。解説の前段に、「必ず本篇を読んでから〜」と書いてはいるが、本篇の前に解説を読んでしまう読者は多い(推理小説の場合私は読まないが)。推理小説の解説には犯人に直接結びつく記述は極力避けるのが普通であるが、宮部はそのルールを完全に破っている。まあ、彼女らしいと言うか。。
 

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