細越獅子踊り保存会の紹介

●由来

 当保存会の発祥・由来は定かではありませんが、明治17年の口伝があることから、それ以前より踊られていたと推測されます。火尻(ひじり)しし踊り保存会(林崎・森の下地内、現在は消滅しております)の皆さんの指導を経て、昭和7年〜8年に復活しております。また、昭和22年、25年の公演記録が残されておりますが、それまでは毎年保存会活動を行うのではなく、豊作や祝い事があったときに踊っていたようです。昭和49年に再復活後には、保存会として毎年継続して保存伝承されて現在に至っております。平成元年に復活15周年を記念しイベント及び記念誌作成を、平成16年には30周年の祝い事を行っております。

●役

 現在は、日出神社(桑畑地内)、伊勢両宮神社(森の下地内)そして南部神社(遠野市民センターの上の山、鍋倉公園)の役じしを務めておりますが、上郷町東細越地区の皆様から多大なるご理解・ご協力とご尽力をいただいております。

●主な活動

 主な活動は、日出神社まつり(上郷まつり)、お伊勢(伊勢両宮神社)まつり、南部神社(鍋倉)まつり、遠野・八幡宮まつりなどで、年間5〜8回程度演舞する機会を得ております。

●構成

 細越獅子踊り保存会の構成メンバーは、上郷町第2区及び第3区、そして一部ですが他の区の人々の参加により成り立っております。子供から年寄りまでの幅広い会員がおり、地域づくり、青少年育成などを行い、ふるさとづくりに貢献しております。

●交流

 地元板沢鹿子踊り保存会、佐比内しし踊り保存会、仙人太鼓保存会、そして釜石市甲子町小川しし踊り保存会などと交流を行っており、また平成20年からは、紫波町二日町鹿踊り保存会とも交流を深めております。

●踊りの特徴

 市内にある各保存会の踊り、太鼓、笛は、似てはいてもそれぞれ少しずつ違っており、独自の踊りを継承しております。各保存会の歴代師匠たちは、あえて自分の保存会にオリジナリティーを求めたのだと思います。そして決して他の保存会の真似をしないことが鉄則となっていたようです。ただ、現在において残念なことは、単一の保存会の中で、正確な伝承がされにくくなってきているということです。少子高齢化や過疎化により、後継者不足が深刻な課題となっております。

 当保存会の踊りの特徴は、大きな上下動と低腰からの飛び掛かるような柱がかりにあります。特に、「四つ掛かり」は当保存会の最高の演目とし、他には見られない唯一の踊りとなっております。ともかく、四つ掛かりにおける獅子の容姿と動きは、低腰からの胸倉に飛びつくような獣としての荒々しさ、勇壮さを醸し出しており、まさにライオンを思わせる踊りとなっております。このことから、当保存会の「しし」は、「獅子」と標記しているのでしょう。
 この四つ掛かりは、遠野市民ならず、市外からおいでの皆様にもたいへん好評であり、当保存会の誉れ、つまりゴンケ(自慢)ともなっております。

 遠野郷しし踊りを大別すると2つの流派に分かれると思います。1つは「回し首」と呼ばれるもので、上体の動きに頭部をそのまま同調させて踊るもの。そしてもう1つは「返し首」と呼ばれるもので、上体の動きとは逆方向へ頭部を一瞬返す踊りです。当保存会は後者の流派で、青笹、板沢、佐比内、暮坪(死んだ振りをしておりますがきっといつか復活するでしょう。)の各保存会と同じ系列です。

●踊りの基本隊形

旗持ち1、種ふくべ1、ふくべ12、中太鼓12、刀かけ12、中立ち1、太鼓6、笛6、しし頭11(最後のししは違い鎌のたてもので後すがりといいます)の順に隊列をつくります。お祭りなどの時には総勢50名ほどになり、数は増減します。

一般的踊り順

 入り端、庭誉め、家方()誉め(屋柄誉め)、草入れ、揉み合わせ、山の神、回り入り端、御神楽、小切り、御礼太鼓、引き端、後誉め―― 休憩や食事を行い ―― 入り端、花踊り、柱がかり(雌じし狂いや四つ掛かりなど)、小切り、御礼太鼓、引き端となります。最近では、このように順序だてて踊る機会を逸しております。休憩を入れないで踊っても2時間はかかります。

刀掛けについて

しし踊りの中では花形的踊りで、かつては青年を揃えて各集落をまわって踊ったと言われております。つまり嫁探しを兼ねていたらしいのです。現在は過疎化により女性の踊りに変化しています。この踊りは、ししが農作物に被害を与え里人に迷惑をかけることから、ししを追い払う、退治する踊りです。ししと刀掛けがペアで踊る様は、獣と人間の戯れを表現したものです。

四つ掛かり

四つ掛かりは、柱掛かりの一種で、しし1頭で掛かる、2頭で掛かる、3頭で掛かるものがあり、当保存会の四つ掛かりは4頭で掛かるオリジナルです。実際の踊りでは、四隅にしし4頭、四隅の中間にしし4頭の合計8頭で踊るものです。柱とは、香い柱(においばしら)であり、ししの延命の柱、今で言う稲のハセのことです。この柱掛かりは、柱を守る人間(種ふくべ)とししの争いを実に巧みにユーモラスに表現した踊りとなっています。ししの眼は5里を見通し、耳は3里を聞き分けると言われ、種ふくべ(踊りのリーダー、ししの一物を手にもっている)が案山子の真似をすると、ししには人間の姿がとらえられない。人間は、案山子の真似をすることでその身を守ることができるのです。

●四つ掛かりのストーリー  

山からししが群れをつくり里におりてくる。それは農作物が目当てです。種ふくべ(人間)は、農作物が荒らされては大変とばかりにししを追い払う。しかし、腹をすかしたしし達には、種ふくべは邪魔な存在で、襲いかかって倒してしまう。 勝利を治めたしし達は興奮し、勝ち誇る。老じしは、ハセ(香い柱)に角を寄せて磨く。それは若返りの柱。角やからだを土にこすり付け、喜びあう。倒された種ふくべはやがて回復し、巧みに案山子の真似をしながら、今度こそは追い払おうとすきをねらう。そして格闘の末、しし達は種ふくべに致命傷を与えるのです。しかし、決してししは人間を殺さない。人間がつくった香い柱がほしいからです。やがて、この踊りの終焉を迎える。種ふくべとししで柱を取り囲み、いたわりあう。この情景こそが、しし踊りの真髄を表現するものであり、まさに、自然、獣そして人間の共存と永遠の絆を表現した独特の世界を醸し出すのです。

●最後に

 ししおどりは、遠野を代表する郷土芸能です。どなたでも気軽に参加できるものです。しかし、追究すると深いものがあります。それがしし踊りに携わる者にとっては魅力です。そして、地域の宝にもなっております。ししは神様でもあり、仏様でもあるようです。神社仏閣どこへでも招かれ、結婚式でも葬式でも踊ります。しし踊りは時に海辺に出かけ、大漁や船出の安全を祈願したこともあります。

 このしし踊りは、遠野市民の心の奥底にしっかり息づいております。それは、ふるさとを思うこころと同じなのではないでしょうか。だから、大切にしていきたいと願っておりますし、いつまでも愛される郷土芸能でありたいと願ってやみません。

 今後とも、遠野郷しし踊り、細越獅子踊り保存会へのご声援をよろしくお願い申し上げます。

2010月吉日

細越獅子踊り保存会 会長 瀧澤征幸


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細越獅子踊りのコマ送り写真
菊池市からの贈り物
※ 最近、私のこの文章をそのまま引用されているHPを見かけます。しかし、この文章はそのほとんどが「ぼが」または「ほら」ですから責任を負うことができません。
 嘘とはは申しましても、緒先輩方から聞き伝えられた内容です。大切にして参りたいと思います。
 つきましては、引用されるときにはご一報いただけたら幸甚に存じます。

文責: 会長 滝沢征幸(たきさわせいこう)