遠野南部流鏑馬次第
遠野南部流鏑馬は川原祓いの儀から始まる。14日夕刻正規の行列を作って早瀬川原に行き、人馬並びに用具を川水をもって祓い清め、その夜は参籠する。
 当日は神前の儀から始まる。総奉行は射手を従えて神殿に昇り、総奉行は祭文を奏上し、神前に供えた神矢を神職から授けられる。その後馬場に場所を移し、乗り出しに設けられた席で一夜酒、西瓜を賜り弓に弦を張り、いよいよ馬場清めの儀が行われる。神職が乗り出しから馬場を清め始まると馬場入りとなり、太鼓役を先頭に記録所役2名、総奉行、乗出役、乗止役、そして射手奉行、介添奉行、的持役が3組その後に続き、矢拾役と、各々従者を従え列を作って入場する。総奉行は家老に準ずる家格の者、射手は小向、米内、是川、小笠原、水越、立花、川原木、橘、三上、千葉、正部家、坂本、中居林、十日市の14家と決まっており、介添奉行は射手一族の長老より選ばれ、いずれも馬上。その行列が馬場を一周すると、総奉行が馬場尻の席に着くのを合図に各役は各々その持ち場に着く。その終わるのを待って、総奉行は神前に向かい「遠野南部神事流鏑馬始めませ」と開技を宣する。すると乗止役は青扇を開いて、乗出役に発馬よろしと合図する。これを受けた乗出は、赤扇を上げて了解を告げると共に、太鼓を3連打させて開技を合図し、白扇を上げて射手に発馬を命ずる。射手は直ちに馬腹を蹴って発進し、ここに流鏑馬の開始となる。

遠野南部流鏑馬古図 さて、1ノ射手が3つの的を射終わるのを合図に、介添奉行は日の丸の扇を開いて両手を上げ、「よう射たりや、よう射たりや」と連呼しながらその後を追う。この介添奉行の出場は南部流鏑馬独自のもので、その由来はというと、本来介添奉行は射手の世話役で演技場に出るものではないが、橘左近なる18歳の若武者が射手の役を拝命した折り、この大役を心配した祖父は自らこの介添役をかって出て、何くれと無く世話をして発進させたところが、左近は3つの的をことごとく射当てたので、あまりの嬉しさに「よく射った、よく射った」と連呼してその後を追ったのを吉例として、この行事になったと伝わっている。
 さて、3人の射手がめいめい3回流鏑馬を繰り返した後、3ノ射手が3ノ的を射終わったのを合図に総奉行は席を立って、乗出の方に向かって歩き出し、各役も席を立ってその後に従い神前に礼拝後、太鼓を合図に退場して一切の終了となる。
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