神輿殿
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| 神輿は『穀町検断勤方記』に「一日市の六右衛門が寄進した」とあり、その様子は『家訓由緒記』に詳しく記載がある。以下抜粋して記載する。 「享保五年子の八月 八幡宮神輿寄進につき江戸にて細工の事、万屋彦右エ門世話にて出来、細工料大形金四十七両、別に細工人請取印紙あり、此節六郎兵衛殿並に六三郎登り申し候。尤関東屋又兵衛江戸迄遣わし、小物相調え江戸より釜石迄舟にて着く、釜石より遠野東善寺迄惣懸り帳並に御堂建て候。入料御作方よりの御印紙有り、委細左の通り。 中略 右の通り相下し候得共□□を勘済致候。二月分寄進無之、御上様江献上仕り御上よりの御奉納に致置候事、誠に大量之人也。故に今御堂修覆は御上にて成され候也。」 |