【おしどり】



 冬の日の午後、手紙が届いた。
 庭を歩く足音がしたので、ローサは編みかけのマフラーを籠に戻し、ていねいに膝掛けをたたんで立ちあがった。リウマチでふくらんだ関節がぎちぎちいうのをがまんしてポーチに出ると、若い郵便配達員が白い息を吐きながらにこりと笑みを浮かべ、白い封筒を差し出した。
「こんにちは、ローサ。いいお天気ですね」
 彼の若々しい声がローサの世界にこだました。
「こんにちは、ディック。今日は素敵な日ね」
 ローサは彼女の年齢にふさわしい、ゆっくりした口調で返事をした。彼女の声は響かなかった。ただ静かに流れた。
 配達員が立ち去ると、ローサの世界はふたたび静けさを取り戻した。
 手紙の表書きはいつもと変わらず。ローサ・グレーブル様。
 封筒に署名はない。
 ひっそりと風がふいた。ローサは皺だらけの手で白いおくれ毛をそっとなでつけた。
 目を上げると、湖は冬のまぶしくも力ない陽光で白くまたたいていた。


 ペーパーナイフでていねいに封を切る。白い便箋はたった1枚。書かれた言葉もほんの数語。
 おしどりはいつも番いでいるが、パートナーは違うのだよ。知っていたかね?
 署名はいつもどおり。R・G。
 ローサはくすりと笑いを漏らし、もとどおりに便箋をたたんで封筒にしまった。薪を取りに外に出る。湖はいっそう白く光り、そのなかに水鳥のシルエットが見えた。よりそうふたつの影は、おしどりだった。
 暖炉に薪をくべ、シチュー鍋をかけた。ひとり暮らしの老女には大きすぎる鍋だが、家族の思い出がたくさん詰まっているから、とてもおいしい料理ができる。
 ローサは椅子にかけて編み物を再開した。
 ときおり鍋をかきまぜ、編み棒を動かし、また鍋をかき混ぜる。そうしているうちに日が暮れる。これがローサの典型的な冬の1日。
 食事のあと、暖炉の明かりで手紙を書いた。白い便箋に茶色のインクで、たった数語。
 知ってましたよ。でも、誰かと寄り添わずにいられないのに変わりはないわね?
 署名はいつもどおり。R・G。


 今日も穏やかな冬の日。午後のいつもの時間、ローサは白い封筒と編み上がった白いマフラーを持ってポーチに出た。若い郵便配達員は鼻の頭を真っ赤にして、白い息を吐きながらやってきた。
「こんにちは、ローサ。今日はあたたかいですね」
「こんにちは、ディック。今日は本当に過ごしやすい日ね」
 若い郵便配達員が手紙を受け取り、鞄にしまった。ローサは彼にそっとマフラーをかけてやった。
「よろしければさしあげるわ。彼女には作ってもらえないみたいですもの」
 彼は照れくさそうに笑った。
「いや、それが、いないんですよ。お恥ずかしい――ありがとうございます」
 配達員が立ち去ると、ローサの世界は白く輝く冬の日に戻った。


 ローサは放りっぱなしの吸い取り紙を拾い上げ、ていねいにたたんでゴミ箱に入れた。手紙の宛名が裏向きに透けていた。ロイ・ガーランド様。
 最後に会ったのはまだローサの髪が豊かな栗色だった頃。夫婦ではなかったし、恋人になった覚えもない。友達よりは深い仲だと思うが、ではどんな関係であったのだろうと自分に問うと、答えが出ない。
 ローサは受け取った手紙を引き出しにしまった。この引き出しは数十年、数語だけのやりとりをした手紙がたっぷり詰まって、そろそろいっぱいだ。
 目を上げると、窓の外には真っ白に輝く湖がもの静かに広がっていた。




湖面






蛇足的あとがき:
このときのお題は「Lovers」でした。もちろんマトモな恋愛ものなんか書けない自分でありますので、ゆったり静かな小品を目指してみました――というのはタテマエです。思いっきり遅刻したので、書きやすいものを急いで書きました。すいません。テーマはむしろ「白」でした。
書き込み不足で背景がさっぱりなのですが……「映像にして5分程度、目指せ映画予告」という目標だけは達成できたような気がします。



トップへ 提出品置き場へ