日の光はすぐに届かなくなった。短い階段を下りきると、通路は山の傾斜に沿って上りはじめる。空気は陽が差さなくなったとたんに冷たく湿った。
明かりはアルトールが持った。
旅人はことあるごとに立ち止まり、何にか知らないが耳を澄ましていた。おかげで道がはかどらない。そう大きな遺跡ではないが、このままでは中で一晩過ごさなければならなくなる。
「……何を気にしている」
いらだちをこらえてアルトールは問う。
「歯車の音が」
旅人はそっと手を伸ばし、石壁に触れる直前で指を止めた。
「近くに罠か扉があると聞こえますね。遺跡の中は仕掛けだらけですか」
「わかるのか」
「これも商売道具ですから」
そう、旅人が自分の耳を指してみせる。
「落とし穴がある。通路右よりの、今あんたが立っている所から4つめの敷石だ――指示はきちんと出すから気にせずに歩いてくれ」
旅人は苦笑をこぼして歩きはじめた。
色あせた金髪が火明かりでぼんやりとにじんでいた。
「よくご存じですね」
ふいに旅人が話しかけてくる。
「なにを」
「この遺跡のことです。罠の位置も謎かけの答えも、すっかりご存じでいらっしゃる」
「七回挑んだ。これで八度めだ」
旅人が足を止めて振り返った。
「それでもだめでしたか」
「だめだった」
この遺跡は扉の鍵も侵入者を阻む罠もすべて機械仕掛けである。一度解除しても通り過ぎてしまうと再びもとに戻る。さらに、謎かけに答えるにはかなりの知識が必要だった。二度めに来たとき、アルトールは遺跡荒らしを生業にする盗賊と、歴史学者を連れていた。
たどり着いた最後の扉には鍵穴も取っ手もなく、ただ言葉だけ。
我が愛するものを捧げよ。
全てのひとつを。
同行した学者はさじを投げた。舞曲王に関する記録は極端に少ない。いくつか逸話は伝えられているが、ほとんど眉唾ものの話である。以来、アルトールは自分で遺跡探索の技術を習得し、これはと思う者に出会うたびに雇って連れて来た。
だが誰も答えを知らない。
「あれも謎かけなのだろうが、漠としすぎていてな」
手がかりが少なすぎる。
みんなそう言う。
そうですかと旅人が相づちを打つ。
きりきりと壁の中で歯車がまわった。
「これが最後の扉だ」
アルトールは行く手にランタンをかざす。両開きの石の扉。王家の紋章が浮き彫りになったほかはあの謎かけの文字があるばかり。実に簡素だが、厚く硬い石材は頑として動かず、壊すこともできない。
旅人は刻み文字に見入っている。
ランタンの火がゆらいで、旅人の横顔は泣きだしそうに見えた。
ふ、とため息がもれた。
「わかるか?」
「……ええ」
深い緑色の瞳の中でランタンの光がちらちらと揺れた。
「わたしには無理です」
旅人は扉から離れた。
「なぜ」
「わたしにはできないことだからです」
「なんだそれは」
「言葉の通りですよ」
「説明にならん」
アルトールは旅人に手を伸ばした。
旅人は一歩、アルトールから離れた。
「あなたならできます」
旅人は火明かりと墓場の闇の境界に立って、じっとアルトールをみつめている。
「方法をお教えしましょう。ですから、あなたが扉を開けなさい」
ぴたん、と。
遠くで石壁からにじみ出た水滴がしたたり落ちた。