| 多賀神社 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 由 緒 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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遠野町新町(砂場町)の鍋倉山中腹に鎮座し、創建年代はあきらかでないが、遠野地方では古い神社といわれている。一説には、阿曽沼孫四郎広郷が天正2年(1574)横田城を鍋倉山に移転した時、城中鎮守として勧請したといわれている。当時、このあたりは多賀の里といわれていた。 正保4年(1647)に南部直栄が城西鎮護のために再興し、次いで元禄5年(1692)義論の代に七戸三郎右衛門吉広が領主になって再建した。寛延4年(1751)境内を広げ二本の参道を逢坂に造ったといわれ、その後荒廃したが明治34年(1901)新町の有志によって再建された。祭日には相撲の行事が行われていた。 |
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| 御祭神 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 宮司 | 多田 頼申 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 伊邪那岐神 伊邪那美神 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 例祭日 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 8月第1日曜日 | 鎮座地 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 遠野市遠野町5-87-1 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 程洞稲荷神社 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 由 緒 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 鎮座地 遠野市遠野町2−91 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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明和年中(1764〜1772)霊応院様(遠野・南部27代信彦 )の御帰依なり。その後安永3年(1774)鳥居・鰐口・御旗御寄進なり。正一位の神位は天明3年(1783)なり。 この稲荷さんは他の稲荷さんのように農業のほか、人間の病いに加護を賜るという特別の御利益があり、然も殊更に女の病いに特別の加護があるとされている。 |
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| 境内の手水 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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御祭神 倉稲魂命 宮司 多田 頼申 例祭日 7月9日 |
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