諏訪神社
金ケ沢稲荷神社
   由 緒
 江戸中期の宝永年中(1704〜1711)遠野南部の豪商村上兵右衛門氏が京都より稲荷のご神体を背負い来り、現在地に堂宇を建立奉斎し、境内に池を造り庭石配置し、家運繁栄.商売繁盛を祈願した。人呼んで村兵稲荷と称した。例祭には村兵の主人公が来なければ扉が開かれなかった。
 昭和40年(1965)頃より金ヶ沢集落民持ち回りにより祭典が執行されるようになり賑やかに催される。
御祭神 倉稲魂命
宮司  多田 頼申
例祭日 9月23日
鎮座地 遠野市松崎町光興寺3−45
御祭神 建御名方命 下照姫命
宮司  多田 頼申
例祭日 旧9月15日
鎮座地 遠野市松崎町光興寺2−7
由 緒
 承久3年(1192)遠野郷主阿曽沼親綱、阿曽沼氏は下野国阿曽沼郡に居り、文治5年(1189)源頼朝が奥州に藤原氏を討ちし時戦功あり、閉伊郡遠野郷を賜る。
 建保年間(1213〜1219)次子親綱をして遠野に移りし、軍務にて信濃の国湖畔へ帰国の後、諏訪大神のご分霊を今の大字光興寺現在地に勧請する。境内に楓樹多く諏訪大社より移し植えたもの。当地諏訪神社の原拠となるべきもの。
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