遠野の歴史年表
時代 西暦 遠  野  (岩手) 日本
































BC38000ころ
上閉伊郡宮守村達曽部に中期旧石器時代の石器と炭が発見され、焼けた礫が出ていることから我が国で初めての炉の跡をともなうキャンプの跡と考えられる。(金取遺跡)







(石器や縄文式土器を使って、狩り漁のくらしをする)
BC18000ころ
和賀郡湯田町大台野に後期旧石器時代人が住んでいた。

BC7000ころ
市内附馬牛町大洞(おおほら)から縄文時代早期の土器片が発見され、その時代遠野地方に人間が住んでいた。

BC4000ころ
市内綾織町新田に大型の竪穴住居からなる集落があった。(国指定史跡)

BC3600ころ
市内松崎町駒木に、縄文時代後期の坂ノ上住居があった。(県内各地に遺跡が多い)

  
BC300ころ



(弥生文化の遺跡が少なく縄文文化の要素をもつ)




500ころ
角塚古墳(胆沢郡胆沢町)がつくられる
593    
聖徳太子摂政になる。
607
小野妹子を隋に派遣。
645
大化の改新。
646
このころ、陸奥国を置く。
 
701    
大宝律令を定める。
710
都を奈良(平城京)に定める。
710   
715
関東地方から農民1,000戸を陸奥に移住させる。
723
陸奥のエミシ、反乱をおこす。多賀城を築く。
三世一身法を定め、開墾を奨励する。
743
墾田永年私財法を定める。
749
陸奥国から日本ではじめて金がとれる。
 
780
アザマロ、反乱をおこす。







794
坂上田村麻呂10万の大軍でエミシを攻める。(〜802)
都を京都(平安京)に移す。
802
田村麻呂、胆沢城を築く。
    
803
田村麻呂、紫波城を築く。
806
早池峯神社を開く。
(このころ、市内松崎町矢崎にかんがい堰を設ける)
811
文屋錦麻呂、エミシを討つ。
858  
藤原良房、摂政となる。
861
陸奥の馬をみだりに買いとることを禁じる。
 
935   
平 将門の乱おこる。
1016
藤原道長、摂政となる。
(藤原氏の全盛期)
1051
安倍頼時・貞任父子、源氏とたたかい、前九年の役はじまる。(〜62)
  
1062
安倍氏、厨川(盛岡市)で敗れ、ほろびる。
1083
後三年の役、おこる。(〜87)
1086  
白河上皇の院政がはじまる。
1124
藤原清衡、金色堂をたてる。
 
1156     
保元の乱おこる。
1159
平治の乱おこる。
1167
平清盛、太政大臣となる。
1185
平氏ほろぶ。源頼朝、守護・地頭を置く。
1189
源頼朝、平泉を攻め、藤原氏をほろぼす。
(奥州平定)
阿曽沼氏、遠野十二郷の地頭となる。(1215)
  (宮守村誌によると)
1191
南部氏の祖先である南部光行、八戸に上陸か。(1214)






1192
源頼朝、征夷大将軍となる。
1221 (このころ、阿曽沼氏、横田城を築く)
承久の乱おこる。
1232
御成敗式目を定める。
1274
文永の役おこる。
1281
弘安の役おこる。
1288
平泉金色堂の覆堂完成する。
 
1297
幕府、徳政令を出す。
1333
鎌倉幕府ほろぶ。






1334
建武の政治はじまる。
1335
市内附馬牛村に東禅寺を開く。
1336
南北朝の対立(〜92)
1337
阿曽沼氏、南朝の北畠氏にしたがって、京都を攻める。
1338
足利尊氏、征夷大将軍となる。(室町幕府の成立)
1357
後村上天皇、遠野南部氏に綸旨(忠節を賞する)を賜る。
1392
南北朝の統一。
1404
勘合貿易、はじまる。
1450
阿曽沼氏、気仙の葛西氏と争い、葛西氏を退ける。
1467
応仁の乱はじまる。(〜77)
(戦国時代となる)
1499
阿曽沼氏、葛西氏の内紛に出兵する。
1515
葛西氏と大崎氏対立、阿曽沼氏が葛西氏に援軍を送る。
1543
ポルトガル船、種子島に漂着する。
1549
キリスト教伝わる。
1573
室町幕府ほろぶ。
1579
葛西氏、遠野を攻めるが敗退する。
阿曽沼氏、信長に白鷹を献ず。信長の受取状がくる。





1590
阿曽沼氏、秀吉の小田原城攻めに協力しないため、南部氏の家臣の地位となる。

豊臣秀吉全国を統一する。
1591
南部氏、志和・稗貫・和賀の三郡をもらう。
1592
岩手県南部、伊達氏の領域となる。
朝鮮に出兵する。
1598
南部氏、盛岡に城をつくることを秀吉にゆるされる。
1600
関が原の戦いおこる。
1601
阿曽沼氏の旧領遠野十二郷は南部氏の所領となり、遠野には城代がおかれる。












1603
徳川家康、征夷大将軍となる。(江戸幕府の成立)
1615
大阪夏の陣
(豊臣氏ほろぶ)
1627
八戸南部氏、遠野横田城(鍋倉城)に移り、これから遠野南部氏となる。
1635
南部領内のキリシタンが盛岡・花巻・遠野などで176人とらえられる。
1637
島原・天草一揆(〜38)
1639
鎖国令でる。
1649
慶安の御触書でる。
1660
遠野の検地が行われる。
1675
遠野の検地が行われる。
1685
岩手山、ふん火する。
1687
生類憐みの令でる。
1689
松尾芭蕉、平泉を訪れる。
1695
元禄の大ききん。
1701
遠野領内大凶作で、餓死者多く、2,858人を数える。
1709
新井白石の改革
1716
徳川吉宗の享保改革(〜45)
1719
盛岡藩、藩士の禄の借り上げを命ずる。
1722
幕府、新田開発を奨励する。
1725
盛岡藩、はじめて新田奉行を置く。
1729
盛岡藩、農民に宅地税を課す。
1731
盛岡藩、新税を設け、塩魚や菜類にまで課税する。
1732
享保の大ききん
1742
盛岡藩、藩士の禄の借り上げを命ずる。
藩内新田の検地を行う。
公事方御定書定める。
1750
鞭牛和尚、道路の改修をはじめる。
1755
宝暦の大ききん。
1756
遠野領内も前年の大凶作で餓死者2,500人、死馬2,000頭、救済人員7,477人にのぼる。
1765
このころ、大慈寺の義山和尚によって、餓死者の供養のため、五百羅漢が彫られたと言われる。
1769
遠野商人たちが荷振銭反対一揆おこす。
1772
田沼意次老中となる。
1777
遠野通に浜上口銭(海産物課税)反対一揆おこる。
1780
この年の南部藩の人口は35万人。馬75,000頭。
1781
久子永豊(翆峰)、漢学塾をはじめる。
1783
天明の大ききん。(〜88)
南部藩では、餓死者・病死者103,900人、他領逃亡3,330人にのぼる。
1787
松平定信の寛政の改革(〜93)
1792
ロシア使節ラクスマン、室根にくる。
1793
盛岡藩、松前(北海道)に出兵する。
1795
寛政の盛岡南方一揆(重税反対)おこる。
1796
夫伝馬反対一揆おこる。
1801
伊能忠敬、三陸沿岸を測量する。
1803
下郷(現在の綾織)他借年賊願一揆おこる。
1810
遠野通小国村肝煎弾劾の一揆おこる。
1814
上郷村他借年賊願一揆おこる。
1819
大橋久子沢鉄山、開発される。
1825
イギリス船、三陸海岸に現われる。
大槌町の農民の塩専売反対一揆おこる。
異国船打払令出される。
1830
青笹の糠前にかんがいのための踊鹿堰が完成する。
1833
天保の大ききん。(〜38)
(このころ、全国各地に、百姓一揆・打ちこわしおこる)
1836
南部藩の各地に一揆おこる。
1837
大塩平八郎の乱おこる。
1838
高野長英(水沢出身)「夢物語」著す。
1839
蛮社の獄おこる。
1841
水野忠邦の天保の改革(〜43)
1847
弘化の南部三閉伊一揆おこる。
(野田・宮古・大槌三通の農民12,000人、藩主の悪政を訴え、遠野城下に押し寄せる)
1853
嘉永の南部三閉伊一揆おこる。
遠野に信成堂が創立され、郷学校になる。
ペリー、浦賀にくる。
1854
日米和親条約を結ぶ。
1858
日米修好通商条約を結ぶ。
1859
安政の大獄おこる。
1867
大政奉還の王政復古。






1868
南部藩、官軍について秋田藩と戦う。
戊辰戦争(〜69)
(明治維新の改革はじまる)
1870
遠野24か村一揆おこる。
山奈宗真・白見牧場をつくる。
1871
盛岡・一関・胆沢・江刺の4県があらためられ、盛岡・一関の2県となる。
廃藩置県。
1872
盛岡県が岩手県となる。
遠野郵便役所を開設。
学制の発布。
1873
県内に小学校88校できる。
横田第一番小学校・綾織小学校設立させる。
大橋・佐比内・橋野・栗林の4鉱山、官営となる。
徴兵令、地租改正条例でる。
1874
官営釜石製鉄所、起工式を行う。
下宮村小学校 設立される。
民選議院設立の建議でる。
1876
鈴木舎定ら求我社(盛岡)を結成し、はじめての政談演説会をひらく。
1877
西南戦争おこる。(このころ、自由民権運動さかんとなる。)
1884
秩父事件おこる。
1889
市町村制がしかれ、遠野町・綾織村・小友村・附馬牛村・松崎村・土淵村・青笹村・上郷村・宮守村・鱒沢村・達曽部村が発足する。
1890
第一回帝国議会が開かれる。
1891
遠野町大火、穀町・一日市町で200余戸焼失する。
1894
日清戦争(〜95)
1897
遠野に上閉伊郡役所がおかれる。
1901
県立遠野中学校(現遠野高校)が設立される。
1902
八甲田山遭難事件。
日英同盟が結ばれる。
1904
日露戦争(〜05)
1905
天候不順のため大凶作となる。
1908
遠野女子職業補習学校が設立される。
1909
このころ、遠野に新聞はいる。
1910
柳田國男、「遠野物語」を著す。
大逆事件
韓国を併合する。






1912
第1次護憲運動おこる。
1914
第1次世界大戦に参戦する。(〜19)
1915
岩手軽便鉄道、花巻と仙人峠間全通する。
中国に21か条の要求を出す。
1917
猿ヶ石川(石根橋)に発電所が設置される。
 
1918
小友で葉タバコ栽培はじまる。
釜石鉱山で大ストライキおこり、軍隊を動員して鎮圧する。
下宮守村に初めて電灯がつく。
米騒動おこる。
原敬の政党内閣成立(このころ、労働運動・農民運動さかんとなる)
1923
関東大震災おこる。
1925
治安維持法制定する。
普通選挙制はじまる。









1928
伊能嘉矩の遺著「台湾文化志」発刊される。
上郷村佐比内のため池工事はじまる。
1931
佐々木喜善、「聴耳草紙」を著す。
満州事変おこる。
1932
5・15事件おこる。
1933
三陸津波で大きな被害うける。(死者1,408人)
国際連盟を脱退する。
1934
天候不順で大凶作となる。(平年作の54%減収)
(県下の欠食児童9,000人をこえる)
1935
県立農事試験場の冷害防止試験地(遠野試験地)
を松崎村に設置する。
1936
岩手軽便鉄道、国有化され釜石西線となる。
2・26事件おこる。
1937
日中戦争はじまる。
1940
日独伊三国軍事同盟結ぶ。
1941
田瀬ダムが着工する。
太平洋戦争(〜45)
1944
県立遠野中学校(現遠野高校)の生徒、勤労動員される。
1945
釜石市内小学校、上閉伊郡西部諸学校に疎開。
釜石、艦砲射撃をうけ、大きな被害をうける。
広島・長崎に原子爆弾が投下される。
ポツダム宣言をうけて降伏する。
1946
日本国憲法公布。
農地改革行われる。
1947
キャサリン台風で農作物が大きな被害をうける。
1948
アイオン台風で農作物が大きな被害をうける。
1950
釜石線全通する。
朝鮮戦争始まる。
1951
サンフランシスコ平和条約、日米安全保障条約を結ぶ。
1954
町村合併によって、新たに遠野市として発足する。
自衛隊発足する。
1955
宮守村、鱒沢村、達曽部村の三ヵ村が合併し、宮守村が発足する。
第1回原水爆禁止世界大会開かれる。
1956
国際連合に加盟する。(経済が急速に発展する)
1958
盛岡NHKテレビ放送開始する。
1959
仙人峠有料道路開通する。
1960
チリ沖地震、津波が三陸海岸を襲う。
日米安全保障条約の改定。
1964
花巻空港ができる。
東京オリンピック開かれる。(公害と環境破壊がすすむ)
1965
107号線国道となり、283号・340号・364号と国道化がすすむ。
1970
岩手国体が開かれる。
1971
遠野市民憲章が制定される。
遠野市民センター完成する。
1972
東北新幹線工事始まる。
沖縄、日本に復帰する。
1973
カントリーパーク(農村総合公園)構想による事業始まる。
オイルショックで物価が急上昇する。
1974
宮守村民憲章が制定される。
 
1978  
日中平和友好条約を結ぶ。
1980
遠野市立図書館・博物館が開館する。
1981
市総合発展計画「トオノピアプラン」制定される。
「たかむろ水光園」が完成する。
1985
遠野総合福祉センターが完成する。
「稲荷穴」の湧き水がいわての名水に入る。






1989
年号が平成となる。
1990
宮守村わさびバイオセンターができる。
1992
遠野で、世界民話博覧会が開かれる。
1993
東北地方が記録的な大冷害となる。遠野でも40億円を超える大きな被害をうける。
コメの部分開放始まる。
1995
宮守村にショッピングセンター(mml)が開店する。
阪神淡路大震災がおこる。
1996
遠野ふるさと村オープン。
1998
遠野風の丘オープン。
2000
遠野ケーブルテレビ局舎が完成。
2005
遠野市と宮守村が合併し、新たに遠野市として誕生する。
2008
岩手・宮城内陸地震
2009
遠野わらすっこ条例制定
2010
「遠野物語」発刊100周年
2011
東北地方太平洋沖地震
東日本大震災がおこる。

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