

| 正月14日 小正月 | お作立て | みずき団子とよばれるもので繭の形にした米の団子をミズキの枝にさして飾り立てる。 |
| 正月15日 小正月 | 畑まき | 子供達が夕刻、部落内の家々を「当年も毎年も相変わらず、あきの方からお田植が参った、畑まくぞ、畝をふむぞ・・・」と言って歩く。 各家々ではお菓子や果物、お小遣い等を子供達に振舞う。 駒木地区では上駒木・矢崎で今なお続けられており、カラス呼ばりといわれる伝承行事(カラスに小豆餅や団子を与える)をした後、畑まきに歩くのが一般化している。 |
| 5月中 | 田植え上がり | 田植えも終わり、農作業の一段落として部落で神に感謝し休日を過ごす。昔は狼に農作物を荒らされないようにという祈りを込めたものだった(狼祝) |
| 6月15日 土用の頃 |
馬っ子つなぎ 虫祭り |
下記の参照 |
| 馬っ子つなぎ | 麦や藁で二頭の馬をつくり、オシトネ(米粉を練ったもの)をツト(藁で作った入物)に入れ田んぼの水口等に置いて歩く。今年の農作物の作柄を占う意味合いがある。 現在は、木版画で紙に刷った馬で、絵の馬の口に少量のオシトネをつけたものに変わっている。 |
| 虫まつり | 藁・麦で人形を作り、紙に書いた顔を貼り、竹か木の棒につけ、さらに障子紙二枚にそれぞれ「五穀豊穣」「悪霊退散」と紙旗を持って田んぼのあぜ道を歩き、人形は道脇の棒にさして置く。 |
| 正月 | 七草粥 | 元旦〜七日・・・福泉寺にて朝食に粟粥を食し七日に七草粥を食す |
| 2月〜3月 | 春祈祷 | 春の農作業をはじめるにあたり、先祖と神棚に豊作と家内安全を祈り、ご馳走を食す。 |
| 7月〜8月 | 愛宕様 | 旧暦6月24日、我家で別当を務める愛宕神社祭礼。前夜は福泉寺とともに宵宮を行い、お神酒を振る舞う。 |
| 11月 | ごひ | ごしともいわれ、駒木各地で行われていた伝承行事。 一年の農作業も終わり、収穫を先祖、神様に感謝し親戚、近所を招待して宴席を設ける。 近隣の家、または親戚数件で順に行い、週一ペースで行う。 現在、駒木地区では我家を取り巻く4戸で実施している。全部の家を回るのに約一ヶ月を要します、農家の忘年会の意味合いが強い行事です。 |
| 宮洞 | 我家の屋号 |
| おおした | 部落の下方に家があった |
| にしへ | 部落の西へ分家に出された |
| はやし | 林の近くに分家にだされた |
| 赤さか | 地名からとった |
| 滝の家 | 家の近くに滝があった |
| 桶屋どん | 先祖に桶屋職人がいた |
| まとば | 的場だった場所に家を建てた |
| まさや | 柾葺の家だった |
| 判四郎どん | 先祖の名・旧家にして南部家に献金し士族待遇をうける、我家の総本家 |
| 判右衛門どん | 判四郎どん分家 |
| 亦五郎 | 先祖の名、阿曽沼初期に来たといわれる平家落人 |
| 又右衛門どん | 先祖は30石南部家家臣 |
| ほりあい | 阿曽沼氏(宇夫方氏)遠野下向の際、仮館の堀の合う場所に家があった。堀内姓本家 |
| 下ほりあい | 堀合の分家・堀の下方に分家した |
| 四郎兵衛どん | 先祖は四郎兵衛という豪農 |
| ちからいし | 力石という力士(相撲取り)の先祖の名 |
| 金塚 | かねづかという地名の場所に住んだ |
| 中屋 | 家が部落の中ほどにあった |
| かまば | 宅地前に昔、大釜があった |
| 坂本 | 坂の下に家があった |
| こびきどん | 先祖に木挽きを業としていた人物がいた |
| 坊様 | 先祖に山伏がいた・昔は山伏を坊様といった |
| 八幡座 | 家の上方に八幡様があったため。八幡様を祀る祠があるがその昔、源義家がこの場所に座して休んだともいわれる |
| 海上のした | 海上部落の下方に家があった |
| 鳥屋部 とりやべ | その昔、遠野南部氏が八戸から転封した際に付き従ってきた家臣。八戸には鳥屋部という地名や姓があるそうです。 | 矢崎 | |
| 海老子川 えびしかわ | 鳥屋部姓とともに矢崎集落の苗字を二分する。 やはり南部氏とともに八戸から来たとされ、明治新姓の前までは蛭子川だったとか |
矢崎 | |
| 太田 おおた | 小田沢集落の九割が太田姓、南部氏とともに八戸から来たといわれている | 小田沢 | |
| 堀内 ほりうち | 阿曽沼館の堀の内に家があった、盛平家と昔よばれていたそうで、相当古い旧家 | 下駒木 | |
| 山口 やまぐち | 駒木の豪農、四郎兵衛から分かれた家々 | 下駒木 海上 |
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| 大橋 おおはし | 遠野南部氏家臣で八戸から来た、記録にも記されていて30石取(大橋又右衛門) | 下駒木 | |
| 岩間 いわま | 三陸沿岸から先祖がきたとされている、阿曽沼一族大槌氏の家臣ともいわれている | 下駒木 上駒木 |
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| 菊池 きくち | 遠野を代表とする姓、駒木地区においては全世帯の約二割(コンテンツ菊池氏参照) 室町期、阿曽沼臣・菊池豊前が海上の八幡舘にいた。 | 上駒木 下駒木 海上 |