「この話はすべて遠野の人、佐々木鏡石君より聞きたり・・・」明治43年「遠野物語」は、後に民俗学の父とよばれる柳田國男により出版された
その後、その続編に位置する「遠野物語拾遺」も紹介され遠野という摩訶不思議な空間を彩っている。
このコーナーでは遠野市松崎町が登場する話をいくつかピックアップして口語訳で紹介いたします。
遠野市松崎町関連の遠野物語・遠野物語拾遺から
遠野物語第55話
松崎の川端の家人達が皆で畑に行っていたときのこと、夕方になって家に帰ろうとしたところ、女ひとり川べりにうずくまってニコニコ笑っていました。
翌日の昼休みにも同じことがあり、こんなことが何日か続き、村の何某という男が毎夜通って来るという噂がたちました。はじめは女の婿が浜に駄賃付に行った留守にだけそっと訪ねて来ましたが、女が婿と一緒に休んでいる夜にも来る様になりました。
この頃になるとこれは河童に違いないと風評が高くなり、皆でこれを守ろうと色々と手を尽くしましたがなんの効果もなく、最後は婿も母も女の横に寝て河童を待つことにしました。真夜中になり女の笑声が聞こえ、さては河童が来ているな・・と思いながらも婿も母も声を出すことが出来ず、身体も動かすことが出来なかったというのです。
女は妊娠し、お産は難産だったそうで、知恵のある人が馬槽に水をいっぱい入れ、その中で産めば安産できると言うので試してみるとやはりそのとおりでした。
生まれた子供の手には水掻きがあり、実はこの女の母親もまた昔、河童の子を産んだことがあり、これは二代や三代の因縁ではないという人もいます。
河童が多く住むと紹介されている猿ヶ石川。
松崎町上松崎橋付近
河川工事等で川の表情は私が子供の頃とはだいぶ変わりました。川端は木々が生茂り、渕などもあり河童が居ても不思議のない光景でした。
この話の文頭には、二代続けて河童の子を身ごもった者がいて、生まれた子供は切り刻んで一升樽に入れ土中に埋め、その子供は全く醜いものだったと、この家の主人から聞かされた実話と記されている

遠野物語第8話
梨の白い花びらが残された藁草履に、はらはらと散っています、ここは松崎村寒戸の百姓の家です。
村人達がさっきから何度も何度も娘の名前を呼んで走り回っていますが、帰ってくるのはこだまだけです。
黄昏時になっても家の外で遊んでいる女や子供が神隠しにあい、何処かへ行ってしまうのはよその郷と同じように遠野でもよくありました。
こうしてこの若い娘もある日、消えてしまいました。
ところがそれから30年以上も経ったある日、痩せこけて、よぼよぼした老女が梨の木のあるあの家を訪ねてきました。その家では寄り合いがあって親類や近所の人達大勢集まっていましたが、誰も老女のことは知りません。
ひとりが訪ねました「おめさん、どこの誰だべ・」「おれ、こごの娘だ」と言うので、やっとひとりの者が思い出して何用で来たのか、たたみかけるように聞きました。老女はぼさぼさの白髪をかきあげながら皆に言いました。「なんとしても家の者達と会いたかった、皆の顔を見たから・・・」と言い老女はどこへともなく、消え去ってました。
その日は一年でも滅多にないほど風の吹き荒れる日でありました。
遠野の人達は今でも風の激しい日があると寒戸の婆が帰って来そうな日だな、と肩をすぼめて語り合っています。
寒戸との地名は存在しておらず登戸のことといわれている。
松崎町光興寺登戸橋近くのレリーフ
松崎村登戸の茂助という家の娘でサダという名前まで明らかになっている。山姥のようになった娘は毎年やって来て、その度に暴風雨になったといわれている。

遠野物語第90話
天狗森の麓の桑畑で働いている若者何某は、さっきからあくびばかりしていて何故か今日に限って眠気がし、一眠りしてから仕事にかかることにしてその場に鍬を置き畑のくろに腰掛けようとしたところ、何処からか顔の真っ赤な大男が現れました。
若者は気のよい性質でしたが普段から相撲など好む力自慢で、この大男が目の前に立ちはだかって、しかも上から見下ろす態度が気に入らず、しかも声を掛けても返事もしないものですから、突き飛ばしてびっくりさせようと思い、この大男に飛びかかりました。
ところがこの大男の手に触れたと思った途端、反対に跳ね飛ばされそのまま夕方まで気を失ってしまいました。しばらく後になってこのことを語ったそうです。
その年の秋、若者は大勢の村人達と早池峰山の麓に萩刈りに出かけたそうですが、さて、皆が帰ろうとしたところ若者の姿が見えなくなり、皆で方々探しまわったところ、なんと深い谷の奥で手も足も一つ一つ抜き取られて死んでいたということです。
今から20〜30年前のことで、このことを知っている老人が今も生きています。
天狗森と記されていますが地元では昔から天ヶ森(てんがもり)と呼んでいる
松崎町と附馬牛との境に位置する天ヶ森・・・駒木地区海上から撮影
登戸橋近辺には数軒の民家がありますが、レリーフ周辺には川端の原野と水田が広がっている
天ヶ森には多くの天狗が居たと言われていますが、この山は早池峰山信仰のもうひとつの対象とされていました。
早池峰山の前面に位置する薬師岳(前薬師)と見る角度によって同じ形状とみられ、早池峰山・薬師岳を仰ぎ見れない地域や早池峰山に行けない人々が、この天ヶ森に手を合わせることによって満たされたと伝えられています。

遠野物語拾遺から
第42話  駒木
淵と沼から
 この地方で雨乞いをするには、六角牛山、石神山などの高山に登り千駄木を焚いて祈るのが普通であるが、また滝壷などに馬の骨などを投げ込んで、その穢れで雨神を誘う方法がある。
 松崎町駒木の妻ノ神の山中には小池があり明神様を祀ってあるが、昔からこの池に悪戯をすると雨が降るといわれ、その者には良い事がないと伝えられている。
 ある日、近所の某というものが、そんなことがあるものかと言って池に馬の骨や木石などを投げ込んだ。すると男はその日のうちに気が狂って行方不明になった。
 村中の者が数日の間探し回ったが見つからず、半年以上も過ぎて池のまわりの木の葉がすっかり落ちた頃、そこの大木の上にこの男が投げ入れられたような格好で、ほとんど骨ばかりになって載っている姿が発見されたという。
この場所が妻の神のどこかは不明である。
妻の神という地名は現在でも使われており、昔は海岸への間道が通っていたといわれ、道中不幸にも斃れた人々を途中で捨てた(埋葬)場所、さらに姥捨山ともいわれている。
一種独特の雰囲気は現在でも名残りがある。
第31話 松崎
 松崎沼の傍らに大石があったという。その石の上に時々女が現れ、また沼の中では機を織る音がしたという。
 今はどうかはわからないが、元禄時代の頃といわれるが時の殿様に松川姫という美しい姫君があった。年頃になってから軽い咳がでる病気にて、とかくふさいでばかりいたが、ある時、突然に沼を見に行きたいと言われ、家来や女中がいくら止めても聞き入れず駕籠に乗ってこの沼の岸に来て、笑みをふくみつつ立って見ていたが、いきなり水の中に沈んでしまった。
そうして駕籠の中には、蛇の鱗を残していったともいわれている。
ただし、松川姫が入水した沼は他に2〜3箇所あるともいわれている。
松崎周辺には、私の少年時代、けっこう沼などが点在していました。その沼などでフナ釣りをしたものですが、これらの沼の中にこの話での沼があったかもしれません。
現在は圃田事業などで沼は残されておりません。
遠野物語