第一回プロジェクトX
新春遠野オフ会・・・・・
岩手県紫波町発信のHP「走湯神社」の管理人である、ぱぱれもんさん関連にてのオフ会、その名も「プロジェクトXIN遠野」
第一回は、私の地元、遠野を会場にて新年会を兼ねた集まりという設定です。
2003年1月25日(土)午後6時開宴・・おくでら
まずは、前置き・・・・今回は画像はございません。

昨年の11月末あたりにいつもHPにてお世話になっている紫波町在住の「走湯神社」管理人さん、ぱぱれもんさんから遠野でお仲間を引き連れて新春オフ会を計画していますが、かだって(参加)くれませんかとお知らせをいただきました。
当然ひとつ返事で参加の旨を表明いたしましたが、参加の皆さんが県内各地の医療機関にお勤めの医療従事者ということで、実は話しについていけるか心配で、何人かの同僚を誘ってもいいですか?と問い合わせしていたんです。しかし、日時は皆さんの都合もあり平成15年1月25日土曜日ということで、同僚の参加は見込めず、意を決して私のみの参加を決めたのでした。1月の中旬頃のことです。
私以外は皆さん面識のある方々なようで、内心は打ち解けることができるだろうか、しかし遠野開催ということで、地元である私が行かないというのも今後のHPでのお付き合いも考えれば逃げる行為もできない・・・またこんなこと考えている自分も情けなく、とにかく当たって砕けろの意気込みが徐々に高まってくるのでした。

HPを開設していればいずれはHPにての行き来をしている皆さんの何人かとは接触があるということ、十分承知しております。まずは我家の伝説「松虫・鈴虫」関連にて平成13年秋に京都安楽寺の伊藤住職さんがわざわざ遠野までお越しになってお会いしております。また遠野フリークで三重県在住の、くつろぎさん、こちらは遠野リンク仲間である座敷親父さんと共にくつろぎさんを囲んでのジンギスカンと怖い話の夕べ・・と題してのオフ会を平成14年6月に開催しております。最初はギコチなくてもそれなりに打ち解ける、そんな思いはありましたから、今回のプロジェクトも開催日が近づいて来るに従ってだんだん楽しみになってきました。

平成15年1月25日
午後5時40分、妻運転の車にて圧雪、凍結の道路を一路遠野の街に向かう、片道約6`まずは様子見ということで会場である「おくでら」の前を車にてゆっくり通りすぎる、なな〜んと、まだ開いてない、時計は5時53分、もし開いていたら早めに入って速攻でビールでも飲んで景気つけて皆さんとご対面を目論んでいたのだが・・・残念。
じゃ〜、宿であるホテル鍋城方面に車を走らせ、どんな方々か車越しに見てやるぞ、と思いホテルへ向かう、途中の道ですれ違うはずだ、と思いきや該当する一団とは遭っていない、ついにホテル鍋城の前まで来てしまった。遠くロビー辺りを数人の男女が目撃され、「あっ、あの人たちだな」と思わず口にしてしまう、これから歩きでおくでらまでは五分以上はかかる、しかし間もなく6時、車を「とぴや」前で降り、歩きで「おくでら」に向かう。
「おくでら」の手前角にて午後6時のチャイムがなる、自分の方が先だな・・と思い、おもむろに玄関を開けると、数人の見知らぬ男女がコート等を脱ぎながら小座敷で騒いでいる、「もしや」感は当たっていた、身体かしっかりとし一見格闘家、いやっ武道系の教師か何かと思ったのが正直でしたが、「とらねこ」さん?と声をかけられ、「はいっ」と答えた記憶がございます。
一番最初にお声をかけるということは、ぱぱれもんさんに違いない、もちろん初対面であり他の方々とも初対面である。とにかく私もコートを脱ぎ一番奥の席へ促され座る、隣はぱぱれもんさんだ、おっおお・・頭は坊主頭だっ、一瞬、空手でもやっているのかな?一瞬ビビッたがまずは一人一人に名刺をだして軽くご挨拶、向いはnekobasさん(男性)その隣はtomasさん(女性)共にメガネをかけている、しかも仲良しみたいで盛んに会話に合の手が入ってただならぬ関係と感じられた・・?どちらも千葉さんということで夫婦かと思った。
ぱぱれもんさんから名刺をいただくと、二人の女性も席についた、どちらかがぱぱれもんさんの奥様、ゆかっぴ君ということになろうが分からない、とにかく二人にも名刺を渡してまずは全員席についたことになる。
まずは乾杯ということで全員、生ビールを注文、注文を聞いている女性は拓妻さんと分かった、う〜ん、綺麗なお顔立ち、私は拓妻ということで拓と名の付く旦那さんがいるのかと思っていたら、ぱぱれもんさんが川谷拓三の拓だといえばnekobasさんが大笑いする、誰かがキムタクのファンだからと言っていたが、本人もそうだと主張していたのでおそらくそうであろうと感じました。たわいのない話で少し盛り上がったところにビールが登場、ぱぱれもんさんの音頭でまずは乾杯、一気にジョッキ半分まで飲み干す、そしたらみんなもそうでした。
私の頭の中をよぎるのはこの時、ぱぱれもんさんを中心に皆さん顔見知り、でも話を聞いていると、両千葉さんは拓妻さんとは初対面らしい、少し安心する。
少し会話が途切れそうになるとnekobasさんがおやじギャグを連発している、それを隣のtomasさんが突っ込みを入れる、むなしいギャグだなと思いつつもなかなか笑える、聞くとnekobasさんは私と同年代で一つ年上と判明、なんとなく安心し、会話の中心は向かいの両千葉さんから発信されるものでこれでかなり盛り上がった、生ビール二杯目も簡単に空けておもわず「生はいいよなあ」と口にすると皆さん、生はいい・・口を揃えて言ってくれる、話の分かる方々と感心したしだいです。
ゆかっぴさんが何か別な飲物注文しますか?と聞くものですから、焼酎がいいなあ〜なんて独り言いっているとtomasさんがライムサワーを注文、私はすかさず梅サワーをゆかっぴさんにお願いする。梅サワーも二杯目になる頃、tomasさんがハングル語を口にしだす、両千葉さんが北朝鮮の話へ移り、北朝鮮のキャスターの言い方に話が及ぶと俄然盛り上がりをみせ、私が大同園のCMの一節、「テドンカジジャ」を連発するとnekobasさんは異常な関心を示し大笑いしている、これは行ける・・しばらくはハングル語にて笑いの渦となる。ここまで飲むと体内のタンクも満杯状態となってくる、トイレにて排水となったが、便器から白い湯気が立ち上る、温泉みたいなもので、トイレから出てtomasさんに教える、tomasさんがトイレから出てくると笑みを浮かべて、「ほんと湯気が凄い」と感想を漏らす、女性の口から出るとは思わなかったけど、なかなか砕けていてうれしい、そればかりかトイレに立った拓妻さんにも教えている、拓妻さんも同様の感想を言っていたが、男性陣は、おそらく女性の皆さんがしゃがんで湯気を確認する姿を想像していたと思います、私は完璧に想像しておりました。
誰かが地酒が飲みたいといった記憶があって、遠野の酒「国華」の生酒を注文する。「おっ・・飲みやすい、うまい」の声でさらにもう一本、グラス追加でさらにもう一本、つまみもろくに食べないでビール、焼酎、清酒と飲み続けたのにもかかわらず、まだそんなに酔ったという感覚はありませんでした。
後ろのボックスには同級生が飲んでいて、そこへもご挨拶、席にもどるともう昔からの知り合いみたいな雰囲気があって今回のオフ会は大成功と思ってますが、ぱぱれもんさんはいまいち元気がないと女性陣に突っ込みを入れられていましたが、そんなことはございません、まだまだ本番はこれから、徐々にペースアップしてさらに楽しもうではありませんかと内心思っておりました。特に両千葉さんはまだまだ盛り上がりそうな感じでしたし、こんな楽しい方々、それも初体面でここまで楽しい会というのはほとんど経験がございません。
午後九時を回った頃、二次会へと移動するため「おくでら」を出る・・というより私が促したとでも申しましょうか、せっかくの地元遠野開催、一次会、宿は拓妻さんが手配ということで、じゃ〜二次会は私が・・という気持ちがありましたので、駅前にある「コア」というスナックに皆さんをお連れしたしだいです。実はこのコアのマスターは私の親戚とでも申しましょうか、多少の無理はききますので、ここへお連れいたしました。
まずは焼酎のボトルを入れ、乾杯後、歓迎の歌「ガッチャマン」を歌う、女性陣がピンクレディメドレー・・だんだん記憶が怪しくなってきております。演歌も数曲歌ったような、ただ覚えているのは、ゆかっぴさんが、ふっ〜・・と時折倒れる、それを私が受け止めたり、起こしたりしていたということ、拓妻さんはいつもこうですよ、でも大丈夫、このままの状態で最後まで変わりありませんから・・・というようなニュアンスで言っておられたような、確かにカラオケは普通に歌ってますし、これは強い、凄い、私もここへきて一気に酔いが回ってきておりました。
拓妻さんとゆかっぴさんがお先にお帰りということで残りは四名、間もなく二次会を終え、駅横の通り「通称・親不孝通」のつるやに入ってラーメンを食べる。
飲んで食べるとかなり美味い、素面では食べたことがございませんもので・・・
それからいつ迎えの電話したか記憶がないけど駅に迎えの車が来ていて、皆さんを今夜の宿へ送っていってから帰宅しました。

今回は県北出身・・ぱぱれもんさん・ゆかっぴさん、拓妻さん
    県南出身・・・nekobasさん tomasさん
            私は遠野ですがまあその中間。
            南部藩と伊達藩の交流会でもありました。
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