遠野郷戦記
 遠野阿曽沼時代、一応に文治5年から慶長5年(1189〜1600)の約4百年余といわれております。
 しかし、阿曽沼時代といわれる遠野中世期を知る史料は、ほとんど残されておらず、僅かな史料の一文に確認できるのみ・・・その多くは江戸中期以降編纂の「八戸家伝記」宇夫方政周・「阿曽沼興廃記」宇夫方広隆の親子、さらに宇夫方氏後裔の宇夫方文吾による「阿曽沼家乗」といった古書によるものが大きいものでもある。
 
 上記の古書、すなわち遠野中世期における遠野領主であった阿曽沼氏に関しての内容は、遠野を糾合した南部家支配時代の藩政時代に編纂された関係上、盛岡南部家及び遠野南部家にいわば遠慮した内容が含まれると推測もされますが、それでも地域で語られる伝承、史跡等の記憶から何かしら編纂にも生かされ、ことに中世期の大きな事件、戦いが漠然とながらも知る事ができるものでもあります。

 このコーナーでは、遠野郷内を主として、遠野阿曽沼氏が関った事件、合戦を中心に、その伝承、さらに考察をするものです。
 
 遠野は南境で接する大族葛西氏の影響が大きいといわれておりますが、遠野侵攻及び内外の戦いは葛西氏との関わりが主に伝えられております。
 戦国末期には糠部、津軽方面で覇を唱える三戸南部氏の南下攻勢による影響が徐々に伝わりはじめ、北、西境の和賀氏、稗貫氏、斯波氏との関連も見逃すことができない時代背景となっております。
 
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目   次
角懸事件(陸奥守北畠顕家の国宣)
永享の乱(気仙勢、大槌孫三郎侵入と南部守行来遠のこと)
宝徳合戦(葛西氏臣金成政実来襲)
西風舘落城(葛西勢来襲のこと)
遠野孫次郎の岩谷堂攻め・他
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